ゆきの工房・ノベルのイクシア・EXシリーズ:歴史の陰で

ノベルのイクシア
EXシリーズ
歴史の陰で
掲載日:2019/10/17
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
「本当によろしいのですか?」



月のない夜。人気のない荒れ寺。
蝋燭がもたらすただ1つの明かりの中、3人の人物が話し合っていた。




「私達はあなたによってこの命を救われました。だからあなたの意思には背きません。しかし、これでは……」





「よい、これでいいのだ。これで……」



















時は戦国1582年



長きにわたり、血で血を洗う戦に明け暮れたこの国が一人の武将によって統一されようとしていた



その武将の名は……織田ノブナガ



第六天魔王の異名と共に国中の者から恐れられる男である。




配下のヒデヨシの救援に向かうべく、軍を率いて出陣した彼は途中とある寺にて茶会を行う。








その寺の名は……本能寺。

























茶会の終わったその夜のこと。
本能寺に無数の松明が近づいていた。


その正体は武装を整えた軍勢であった。


「ミツヒデ様は何を考えておられるのか……」

「確かな事は2つある。1つ、我々はこれから戦に向かうと言うこと。1つミツヒデ様は決して間違った判断はされないという事だ」










寺を目前に控え、先頭の男が足を止める。
それを見た軍勢もまたその場に止まる。




「皆の者、よく聞け!!」



男が振り返り、高らかに叫ぶ。



「この戦は天下を守る戦ぞ!!お前達の親を、子を、友を、愛する者達を守る戦だ!!」






彼はそこで一度言葉を切る。
兵たちは押し黙ったまま次の言葉を待つ。




「……敵は本能寺にあり!!いざ出陣!!」


「おおーっ!!!」





鬨の声と共に寺の門が押し開かれ、先頭の鉄砲隊の銃撃で入り口付近の哨戒にあたっていた足軽の何人かが息を引き取る……




筈だった。




眼前のノブナガ配下の足軽達が骨格に濃い緑色の皮膚を張り付けたような姿へと豹変したのだ。



「化けの皮を剥いだか……物の怪め!!」



「ミツヒデ様!!」


部下の制止も振り切って、先頭の男……ミツヒデは愛刀を抜き、手近な化け物を真っ二つに斬り捨てる。



「このようにこいつらは決して不死身ではない。皆の者怯むな!!勝機はあるぞ!!」



異形の者達を前に萎えかけた士気がみるみる高まり、兵達は各々がなすべきことをし始めた。

だが敵もやられるばかりでなく次々と増援が現れ、火縄銃を持った個体も姿を現した。










寝所にどかどかという足音が近づいた。
そして乱暴に障子が開かれる。



「何事だ、騒々しい」





「ノブナガ様!大変でございます!!ミツヒデが軍を率いて謀反を……」




その足軽は最後まで言い切る事が出来なかった。


天井から降りてきた影が首をはねたからだ。


撥ねられた首が濃い緑色に変色した。




「……思った通り、護衛はみな魔獣か」


魔獣を仕留めた影……黒ずくめの者が女の声で言った。


見れば黒ずくめはもう一人おり、そちらはかなりガタイがいい。


「うぬらは……ミツヒデの雇った忍びか?」


謎の刺客2人を前にノブナガが邪笑を浮かべる。




「お前に滅ぼされた伊賀のカザネ!」


「同じく、トウベエ!!」




「なるほど伊賀家の者か……あの時全部掃除したと思うたが……」

「織田家に従わぬという『名目』で我らが里を焼いた報いを受けてもらうぞ」

「天下の為、人の為織田ノブナガ……いや、魔王ダイロクテン……貴様を倒す!!」





男が言い終えると、ノブナガ……ダイロクテンの双眸が鬼灯のような赤色に禍々しく輝いた。






「やはり気付いておったか。忍びもどきの退魔士共が……」



笑いながらノブナガは右手を翳す。
すると2人の忍びの中心で闇が凝縮され、爆発を起こした。


後の世でダークブラスト呼ばれるイクシアである。






間を置かずノブナガは振り返り、カザネが振り下ろした小太刀を右手で受け止める。


「たった2人で余の首を取りに来るだけあって、少しはできるようだな」



ノブナガが左手に闇を集め、その拳で刺客の片割れを砕こうとするもカザネは得物を手放して後方へ飛び退り、拳は虚しく空を切った。




そこへ何やら白い鞠のような物が視界に飛び込んできた。





瞬間、それは弾け白く眩い光を撒き散らして爆発した。




「ぐぅ……あぁっ……!!」




至近距離で弱点の光属性の攻撃を食らったために、ノブナガ……ダイロクテンは左手で顔面を抑え、片膝をついて呻いた。





「伊賀家特製・光の焙烙(ほうろく)だ。貴様のような魔獣の為に作ったものだ」


トウベエが抑揚のない声で言った。


「ぐぅ……伊賀家の死にぞこない風情が小賢しい猿知恵でこの魔王を愚弄しおって……こそこそ嗅ぎまわらねば貴様らの一族の滅びは先に延ばせたものを……」


「魔王がこの国を統一するなどと知って我々が黙っているとでも?」


「ふん。最初はこの国を戦火に包むだけの遊びで終わる筈だった。ちょっと細工をしただけで各地の大名共が戦支度を始めるのを見るのは実に愉快であったぞ」



ダイロクテンの物言いに、微かに2人の表情が険しくなる。



「だが貴様らの戦を楽しく眺めているうちに気が変わってな。遊びついでに最も強大な大名であったこいつに融合してこの国の支配者になってやろうと思っただけの事だ」



その目に怒りを燃やしながらダイロクテンは立ち上がる。



「たかが遊興の為にこの国を戦国にした、という訳か」

「貴様ら人間など……我ら魔王の遊戯の駒になれるだけでも感謝すべき脆弱で愚鈍で無価値な存在にすぎぬわ!!」




魔王が嘲りの言葉と共に火炎地獄を想起させる猛火を吐き出した。
間髪入れずにその右手に闇で作ったような真っ黒な槍が出現する。




「そこだぁ!!」


右後ろを振り向いたダイロクテンが槍を投擲する。
魔王の怒りが込められた槍は黒い一筋の星となって飛び、そこに出現した正確にカザネの心の臓を貫いた。



ニヤリと浮かべた笑みが、しかし瞬く間に驚愕に染まる。
何故なら死を待つはずだった刺客の肉体が揺らめいて消えてしまったのだから。







「我が伊賀家に伝わる……陽炎の術」




声の方を振り向いた瞬間、ダイロクテンの右目に鎖の付いた分銅がめり込んだ。

魔王が激痛に悲鳴を上げるより早く、カザネが鎌を持って肉薄した。
首を狙った一撃をダイロクテンは僅かに避けたが、首の真下から右胸にかけて斜めに切り裂かれる。


傷口から人と変わらぬ赤い血が流れた。




「小娘があああああぁぁぁっ!!!」



怒りが頂点に達した魔王の右手が娘の左腕を捕らえ、嫌な音を響かせながら砕いた。

そして追い打ちとばかりに手から黒い炎が燃え盛り彼女の腕に引導を渡した。



常人であればそれだけで心まで砕かれるところだが、カザネは悲鳴も上げず表情を変える事も無かった。

腕を砕かれてなお先程同様冷たい目で見据えている。

その常軌を逸した光景はこの魔王をかつてないほど驚嘆させるのに十分すぎるほどであった。




「何を驚いている?貴様が駒とし弄び、苦しめ殺してきた人たちの事を思えば、これしきの事……痛みの内に入らん」



聞き終えるやカザネを掴んだまま、魔王は背後を振り返った。

そこには刀を袈裟懸けに振り下ろそうとしているトウベエがいた。

そのまま攻撃すれば同胞を殺める事に。

女の為に攻撃を躊躇すればその隙をついてあの世へ送る。











だが次の瞬間、戦国の世の元凶の目論見は予想だにしない形で崩壊した。
カザネが身をよじると同時に、刀が魔王の右腕を撥ね飛ばした。



相棒の左腕ごと。





「馬鹿な……!貴様、味方の腕を斬るなど……!!」


「もはや最上の治癒の術をもってしてもその腕は使えなかった。使えぬ腕など我らには不要」


カザネは冷たい声で言いつつ、転がりながら畳に刺さった小太刀を残された右手で引き抜く。



「我々退魔士の覚悟……侮ったなダイロクテン。そいつは冥途の土産だ」


魔王が男が指さした先……己が胸元を見ると、いつの間にか先程の焙烙が先刻鎌で作られたばかりの傷口にねじ込まれていた。


目を剥いた刹那、先程同様白い爆発が起こり、天下統一を目前に控えた魔王は首と胴を引き離された。







「この余が……人間……ごときに……」








「私からも冥途の土産だ。一寸の虫にも五分の魂……黄泉の国の亡者にでも意味を聞け!!」


小太刀が閃き、宙を舞う片目の生首を真っ二つに両断した。




それからさほど間を置かずして、立派な身なりの武士が部屋に飛び込んできた。



「やったか!!?」


「ああ。天下は救われました」


「そうか。ならばあとは手筈通りに……」


「心得ています。貴殿も早くお逃げに。ここも長くはもちません」



見れば先刻の火炎が既に部屋中に広がり、建物全てを焼き尽くすのも時間の問題と言えた。






こうしてこの日、織田ノブナガの命運は天下統一を前にして本能寺と共に燃え尽きるのであった。
ノブナガと護衛の死骸は業火と寺の崩落により人であったかどうかの判別すらままならぬ有様であったという。



















それからほどなくして、ノブナガ配下であったヒデヨシの軍勢が本能寺の一件を聞き、まさしく神速といえる速度で舞い戻った。

ミツヒデの軍はそれを見るや瞬く間に総崩れとなり、蜘蛛の子散らすように逃げだしたという。












そして……












「その首をこのヒデヨシにか?」


「へい。必死こいて逃げてくるところを竹槍で刺したのでごぜえます」


ボロを纏ったがっしりした体格の農民が立派な兜を被った首を両手で差し出した。


「しかしこれでは誰だか分らぬではないか」


傍らに控える重臣と思しき武士がぼやくのも無理はない。
その顔面は真っ黒に焼け焦げていて、何者か判別できない状態であった。



「刺した時に顔が焚火に突っ込んでしまったけんど、有名な武将かと思って首を斬ってお持ちしたんでごぜえますだ。ご褒美を頂けると思いまして」


ミツヒデはしげしげと首を……正確には兜を眺めていた。
その兜には確かに見覚えのある代物であった。





「……この兜は紛れもなくミツヒデの物。ミツヒデは死んだ。皆の者、勝鬨を上げよ!!」




「おおーっ!!!」


「そちには褒美として金1000貫をとらせる」


「ヒデヨシ様、ありがとうごぜえますだ」


この8年後、ヒデヨシは天下統一を成し遂げ、太閤として歴史に名を残すこととなる。
































「首尾はどうであった?」

気持ちのいい風が吹き抜ける丘の上、優男がやって来た男に問いかける。
それは先刻、光秀の首を差し出した農民であった。




「貴殿の兜を被せ、顔を焼いた野盗の首を貴殿のものと信じ切っておりました」

農民はヒデヨシの前とは全く異なる口調で問いに答える。



「我ら伊賀家の者の変装術と演技力。特に、兄者の術を甘く見てもらっては困ります」

左腕の無い女性が男の言葉に続くように言う。







時を少し戻す。



突然のノブナガの豹変を疑問に感じた『彼』は伊賀家の里焼き討ちの際に秘かに足軽として紛れ込み、2人の男女を救い出した。

そして彼らを自身の屋敷で看護する内にノブナガがダイロクテンという物の怪に身も心も乗っ取られたこと。

退魔士が人に手を出せぬと見越してあえて人間の兵を率いて伊賀の里へと攻め込んだこと。

これらを聞かされた『彼』は、ダイロクテンを討ち果たしつつこの国に無用な混乱を巻き起こさぬ妙案を思いついた。







自らが謀反人の汚名を着る事でノブナガをその真実もろとも完全に闇に葬る事を。








「ノブナガ様の正体が物の怪であったなどと知られれば天下の混乱が極まるは必定。少しでも早く安寧が訪れるためにはこうした方が良いのだ」



あの時、本能寺を攻めた部下は皆信頼のおける者ばかり。

彼らにはかたく緘口令を敷いておいた。

彼らも今後は武士を捨て、名も無き町民として生涯を送るだろう。




「でも本当に良かったのですか?多少の混乱はあれどもあなたが国を救った英雄として天下を統一する道だって……」


「……明智ミツヒデは名も無き農民に竹槍で貫かれ死んだ。これより私は名も無き男として自由に生きようと思う。間も無く統一され、平安を取り戻すであろうこの国で」







そこで本能寺に攻め込む前と同じように言葉を切る。


そして天下の為に左腕を犠牲とした女性に向き直る。







「出来るならカザネ……これから先はそなたとともに歩みたいと思っている。そなたが受け入れてくれるならの話だが……」



目的だけを考えれば、農民に殺された芝居などを打つ必要はなくそのまま秀吉の前に出て討たれればいいだけだ。
しかし、そうしなかった理由をまっすぐ彼女の目を見てはっきりと告げた。






彼女はその言葉に、彼の胸へ飛び込む事で返事をした。









こうしてミツヒデは後の歴史において最大の裏切り者という汚名を刻まれる事になる。

他でもない彼の思惑通りに。





















それから数百年の歳月が過ぎた頃。
とある神社の一室で銀髪の親子が語り合っていた。




「その後……ミツヒデとカザネによって伊賀家は復興を果たすことになるのだ。トウベエが受け取った褒美も有効活用してな」

「父上、こうした歴史の節目にも退魔士の活躍があるのですね」

「そうだ退魔士はいつの世も陰からこの世界を護っている。お前も大人になったらこのように歴史を動かすような事があるかもしれない。だから鍛錬を欠かしてはならぬぞ」

「はい!父上」



彼が大人になってしばらくの後、本当に歴史に刻まれる大事に巻き込まれ、同時に退魔士は陰の存在ではなくなるのだが……それはまた別の話。