ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:魔王

ノベルのイクシア
本編シリーズ
魔王
掲載日:2019/06/11
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
紫色の雲が立ち込める空の下、レイジ達8人の目に最初に入ったのは死人の顔のようないくつかの白面をつけ、何本もの不気味に蠢く触手を持つ巨大な赤黒い肉塊であった。

禍々しく脈動を繰り返すそれは、これまでレイジ達が目にしてきたどんな魔獣よりも異形でおぞましい代物であった。



次に目にしたのはその背後に広がる黒い穴であった。
アリスやリナの使うワープホールに似ていなくもないが、それらとは異なり背筋の凍るような空気がその穴から漏れ出ているのをその場の全員が感じていた。


「これは……!!」

「魔の扉(イビルゲート)が……開きかけてる!!?」

かつてこの地で、壮絶な戦いに身を投じたカイとリナが声を上げる。




「この奇妙な物体は何!?」

「中からオグマの気配を感じます」

「まさか、これがオグマ……!!?」


先刻のキサラも見せた魔獣化の術。
あれも醜悪な容姿であったが、そこへ魔の扉から吸収した力が加わるとここまでの化け物が生まれるのか。

誰かが唾を飲む音が聞こえた。


口があるようにも見えない肉塊から殺気の込められた咆哮が上がった。



「来るぞ!!」

クウヤの声に恐怖を払って各人武器を構えた瞬間、数本の丸太のように太い触手が唸りを上げ、巨大な鞭のように迫った。


「アイシクルランス!!」

「コキュートス!!」

「アイスofダイヤ!!」

「芙蓉峰!!」



3人の氷のイクシアによって完全に凍り付いた4、5本の触手を拳圧が噴出させた地面が粉々に粉砕する。

肉塊は多少怯んだような動作を見せたが、すぐに新手の触手が伸びてきた。


「聖葬剣!!」

「千刃斬!!」

「ライトニングボム!!」


刀と剣がそれらの触手を切り裂き、カレンの雷撃が傷口を通してオグマの体内に直接ダメージを与える。
肉塊は大きく痙攣し、その隙に銀髪の退魔士がその隙間をついて接近する。


「はあああああ!!龍爪撃!!」


気合を込めて放たれた龍の一撃が炸裂し、爪が抉った場所から紫色の体液が飛び散った。
その激痛に怒った肉塊が闇の力を広範囲に打ち出した。

後方にいるレイジ達にも効果は及んだが、至近距離で受けたカイはきりもみ回転しながら、吹っ飛ばされた。


「ヒールライト!!」


レミの回復イクシアですぐに傷が癒されるが、敵はさらに追い打ちとばかりに再生させた触手を一斉に伸ばしてきた。


「これでも食らいなさい!!」


その瞬間、リナが生成した局所的な閉鎖空間が触手たちを巻き込み、それらはブチブチと嫌な音を立てて引きちぎれた。


「もう一度痺れろ!!ゴッドサンダー!!」


そして先程同様、触手の歪な断面から雷撃が入り込み、体内から大打撃を与える。
大きく痙攣した後、動きを止めた肉塊にレイジとサヤが接近する。


「羅生門!!」

「神風ノ刃!!」


2つの大技がクリーンヒットし、全ての触手が力を失ったようにぐったりとした。



「やったのか!!?」

「いいえ、まだです!!」


サヤの言葉通り、一時的に停止していたあの脈動が再び繰り返された。

そして次の瞬間、オグマの全身から膨大な闇が放出された。


「なんだこれは!!?」


叫びながらレイジはサヤと共に他のメンバーの元へと戻る。

放出された闇が辺りを追い、新月の夜のようになった。


「一体何が……!!?」



闇が晴れ、そこに佇んでいたのは形容しがたい容貌の邪悪の化身……オグマの本体であった。



「我ハ……魔王オグマ。魔の扉ノチカラニヨリ……魔王トナッタ者……小僧ドモ……キサマラトノ決着……今、ツケテヤル……!!」


言うが否や、魔王は紫色の毒々しい息を吐き出した。



「望むところです!」

「3度目の正直だ!今度こそ地獄へ送ってやる!!」



「はああああああああああ!!!」



カレンの2丁拳銃から繰り出される、弾丸の豪雨がオグマの顔面に殺到する。
闇が辺りを包んでいる間にかけてもらった喜びのソナタで強化されたそれを食らって怯んでいる間に、一部の猛毒を受けた者達がキュアポイズンで治療をする。



「……小賢シイワァッ!!!」


先程の数倍の数の触手が勢い良く伸びてきた。


「同じ事ばかりで芸が無いわよ!!」


先程と同じように閉鎖空間を発生させて触手を引きちぎるリナだが、次の瞬間にはその顔が驚愕に染まる。
閉鎖空間ができる事を見越して迂回した触手の群れが、レイジ達を襲ったからだ。




「うおおおっ!!?」

「きゃああっ!!」


「芸ガ無イノハ貴様ノ方ダッタナ……小娘」


リナとクウヤが触手に捕縛される。
触手はそれで力を緩める気はないらしく、2人の身体からミシミシと嫌な音がしていた。


「ソウ言エバ……貴様達ニハ煮エ湯ヲ飲マサレタコトガアッタナ……!!マズハ二匹!!」


そう言って魔王は2人をゴミでも捨てるかのように城の外へ向けて放り投げた。



「タイタンフット!!」

2人の背後に出現した岩石の足が壁の役割を果たし、強烈な衝撃を受けたもののどうにか落下は免れた。


「リナさん!クウヤさん!」


レミが急いで駆け寄り、ヒールライトを使おうとする。
が、オグマがそのような行為を許すはずもなかった。


「潰レロ……小娘!!」


数本の触手を束ねて、より強力な凶器と化した触手がレミの頭上に迫る。
だがその一撃は1つの金属によって防がれた。

「あまり長くは持たない……!!急げ!!」

「はい!」

カイにその場を任せ、レミが回復のイクシアを発動させる。




「カイ……初メテ出会ッタ時カラ貴様ノソノ見下スヨウナ視線ガ気ニ食ワナカッタゾ!!」

「言いがかりとしか言いようのない話だが……それより貴様には相当な借りがある。この場で返してもらうぞ……リナ!!」

「ええ、もう回復は済んだわ!!」




リナのイクシアが発動した瞬間、触手が地響きと共に叩きつけられた。
しかし、その場にある筈の退魔士の赤い染みは無かった。


「龍爪撃!!」


爪で腹部を深々と抉られ、魔王が苦悶の声を上げる。
再び触手が舞うが、その場には既にカイの姿は無かった。


その瞬間、背中に再び同じ激痛が走った。


「先ノ戦イデモ使ッタ敏捷ヲ上ゲルイクシアカ……!!」

振り返ろうとした瞬間、大爆発がオグマの頭部を包んだ。

「俺を忘れるな、オグマ!!」




「オノレ……!!」


怒りに燃えるオグマが十字架型の闇を放った。

闇は位置に関係なくレイジ達を薙ぎ払い、さらに追撃とばかりに火・氷・雷・風の単独攻撃用イクシアが滅多矢鱈に放たれる。


「マイティ・ヒールライト!!」


オグマの猛攻を目の当たりにしたルナが回復イクシアを発動する。
ヒールライトよりも高い効果を発揮する全体回復イクシアは、しかし効果をなさなかった。
確かにここまでの戦いでそれなりに疲弊はしたし、これ自体がかなりの消耗をするイクシアではあるが、まだ使用できるだけの余力は十分にある筈だった。


(しまった、封印状態!!)


思考や身体機能には特に異常はないのに、イクシアが使用できなくなる状態。
先程無駄なイクシアを使用せず、すぐさまキュアシールを使用しなかった代償は致命の差をもってルナを打ちのめした。


魔王がその逞しい腕でルナを鷲掴み、床に勢いよく叩きつけたのだ。
癇癪を起こした子供が人形を叩きつけるように。


「が……はっ……!!」


激痛のあまり声が漏れる。
何本かの骨が折れる音がした。


飽きて捨てられた人形のように床を転がり、血を吐いて、意識を失った。





「よくもルナを……!!ビッグスライサー!!」

風車のような巨大な投擲刃が周囲の触手を切断しながら魔王の顔面に迫る。

「フン」

オグマは鼻で笑って、刃を左手で受け止めその握力で砕いてしまった。


「そんな……!!」

「カレン、避けろぉ!!」


レイジの警告も虚しく、彼女の死角から迫っていた触手に絡めとられるカレン。


「今助けます!」


サヤが拘束を解除する空気爆弾を投げるが、別の触手が叩き潰してしまった。




「貴様ラガ空気爆弾ヲ使ウ事ナドオ見通シヨ。死ネェッ!!」

オグマが触手と猛毒の息を放った。標的は先程の猛攻で虫の息となったクウヤ達3人であった。



「させんっ!!」


だがそこへカイが神速で割って入り、全ての攻撃を一身に受けた。


摩天楼。傷つき弱った味方を庇うイクシアである。


「借りは……返したぞ……!!」


アリスの憑依から庇ったリナ。

自身にかけられた呪縛を断ち切ったレイジ。

そしてオグマの装置で全滅寸前だった自分達を救ったクウヤに向けた言葉を呟いて銀髪の美丈夫はうつ伏せに倒れ込んだ。




「フン、悪アガキヲ……」



そう嘯いて魔王は改めてリナ、クウヤ、レミの3人を触手で絡めとる。



「サア、コレデ残リハ貴様ラ2人……!!?」



その瞬間、オグマはこの戦闘で初めて驚愕した。
何故ならば絶体絶命の窮地に陥っている筈のレイジとサヤが、不敵な笑みを浮かべて己を見ていたのだから。


「貴様ラ……何故笑ッテイルゥ!!?」


魔王が怒りの雄叫びを上げて、触手を這いずり回らせた。


「ヌゥ……!!?」


オグマの触手の大きさからすればあまりにも小さな痛み、しかしその痛みが何故か触手による拘束を強く拒んだ。

「流石は退魔士協会の品。効果は本物ですね」

「だな、こんな小さなものであんな大きな触手を防げるなんて」


深紅の魔城へ向けて出発する前、彼らはリナのワープホールで立ち寄ったルミナスタウンの退魔士協会で各人1つずつ状態異常を無効化するアクセサリーを買い求めた。
2人が選んだのは触手などによる拘束を無効にする茨のコサージュであった。




「思い出しますね。あの日の事」

「ああ、オグマの研究所に乗り込んだ時だな」

「確かにそれも該当しますが、腕試しにアークシティの闘技場に出た時の事です」

「そっちか。でも確かにあの時と同じタッグだな」

「後は……任せましたよ!」



その言葉と共に、彼女は弾丸のような速度でオグマへと駆けだした。




「イイダロウ、小娘。貴様カラ料理シテヤル!!」




すぐさま触手やイクシアが放たれるが、そのどれもがサヤを掠りもしなかった。



回避率を向上させる色即是空と敏捷を向上する韋駄天。
2つのイクシアにより、サヤはオグマの猛攻を回避し続ける事が出来た。


「イツノ間ニ!!?」

「兄様が摩天楼で作ってくれた隙のお陰です!!」

「ナラバ今一度ダーククロスデ貴様ヲ……!!?」




その時魔王は触手に何者かが飛び乗る感触を感じた。
レイジがオグマの触手を踏み台にして、尋常ならざる高さへと跳躍したのだ。


「神風ノ刃!!」

そうして重力をも己が力に変えて、オグマの脳天に一直線の軌跡を描いた。
オグマがサヤに気を取られてる間に、天の構えで威力自体も底上げされていた。


「グオオオオオ!!コレシキデコノ魔王ガ倒セルト……!!?」


オグマの眼前で、たった今技を放ち終えた筈のレイジが2度目の構えを取っていた。

疾風迅雷、地獄谷から帰還した際にちょっとしたハプニングを経て身に着けたこの技は使用者、つまりレイジの行動を増やす効果があった。



2度目の神風が横一文字に吹き荒れ、魔王の赤黒く巨大な頭に勝るとも劣らぬほどの大きさの十字架を刻んだ。
十字架の裂け目からはオグマの脳が露出していた。


「どうだ……!?」













「コノ魔王オグマヲ……ナメルデナイワアアァァァァ!!!」







空中のレイジをその腕で掴むと、先刻ルナにそうしたように床に叩きつけた。
その衝撃でパキンと音を立てて、茨のコサージュが砕け散った。



「コレデ……コレデ……」


「これで最後です!!羅生門!!」


十字架の交点……オグマの脳そのものにに全身全霊を込めたサヤの拳が深々とめり込んだ。


サヤの腕にぐじゅりと不快極まりない感触が伝わった。


サヤが敵を撹乱し、その隙にレイジが攻撃の準備を整え、それで倒せなかった場合はサヤがとどめを行う。
闘技場で戦った時の戦法そのままであった。



サヤの拳を中心とし、オグマの頭部がひび割れた。




「バカナ……何故……我ガ負ケル……!!?魔王トナッタ……我ガ……ミ……ト……メ……ヌ……」





魔王の咆哮と共にひびはみるみる全身に生じ、やがて亀裂を生み、触手が、腕が、胴が、干からびた泥人形のように崩れ落ちて行った。


魔王の全身だった塊はたちまち赤黒い砂となり、風に吹かれてどこかへ飛んで行った。


後には6色の輝きを放つ魔石だけが残されていた。


力と復讐心に憑りつかれた哀れな男の最期であった。


(みんな見ててくれたか……?今度こそ、本当に仇をとったぞ……)









「……マイティ・ヒールライト」


復活の秘薬で一命を取り留めたルナが今度こそ回復イクシアを発動させ、全員に応急処置をする。
また持参したエナジーケアで次に起こりうる戦闘への備えもした。
オグマは死んだが、彼の放った魔獣が襲ってくる可能性は十分にあったからだ。


散らばった魔石もそれらの戦闘の助けになり得るので忘れずに回収した。



「さあ、サヤ。グズグズしてないでさっさとこの忌まわしいゲートを……」


カレンの言葉はそこで途切れた。
魔の扉が突如拡大し、その衝撃波が彼らを弾き飛ばしたのだ。