ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:白銀のイクシア

ノベルのイクシア
本編シリーズ
白銀のイクシア
掲載日:2019/06/11
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
黄金のラグナデーモン108世 様からのコメント
出来れば今回の話は『魔王魂』様の『雪の降る』を再生できる状態にしてからお読みしてください(※の部分から流すと良いと思います)
「ぐあああっ!!」

闇の中でレイジが猛火に包まれ、吹き飛ばされる。

しかし、これが初めてではない彼はすぐに立ち上がり再び結界に入る。


火だけではない。

凍てつく氷に苛まれ、迸る雷に貫かれ、吹き荒れる風に切り刻まれる。

光や闇によるダメージを受けた事もあった。



無間地獄と言われる内部の人間の持つ力を引き出し暴走させる結界。
あわよくば新たなイクシアを得られるが、命を落とす危険すら孕む苛酷な修行。


何日もの間、レイジはこの危険な行為を昼夜を問わず繰り返し、雨が降っても修行を止める事は無かった。
その様な痛みは彼にとってすでに痛みではなくなっていたのだから。






何故このような事になっているか、時はあの決戦の日へと遡る。






サヤが最後に降らせた白銀の雪によって、周辺の全ての魔獣が浄化され、仲間達の傷も癒された。

しかしその代償としてサヤは最期の言葉を残して消え去り、レイジもまた魂を抜かれたような虚無感に包まれる。


それから覇堂神社にて飲食も睡眠もするが、本当にただそれだけの、生きた屍そのものの生活が数日続いた。
サヤの実兄であるカイを含め、自分のせいではないなどと慰めてくれたが効果は無かった。


妖の沼地に出向いて、魔獣共に八つ当たりをしてみても同じだった。





(何が命に代えても守ってみせるだ……結局口先ばかりで、何も出来ずに……助けられて……)






ある日、川岸で己が無力を嘆いた時にサヤの最後の言葉を思い出した。

プロポーズした日、交わった……サヤが幼少の頃過ごしたという小屋。
そこに手紙を残したというのだ。


探してみると、確かにそこに手紙はあった。


そこには自分が消えてなくなってもそれは自分の意思でありレイジのせいではないこと。

レイジの意思を無視して犠牲になる覚悟を決めていたこと。

しかし、それでもレイジは自分を責めるだろうということ。

それがサヤにとっての幸せの証であり、レイジに新しい人生を歩み、彼女が守ろうとした世界を見届けて、出会った意味を見出して欲しいという事が記されていた。


その手紙を見た時、レイジは笑った。






涙を流しながら。






ここまで想われていながら彼女を守れなかったこと。
そもそも白銀水晶を受け止め損ね、彼女の口に入れてしまった自分の愚かさへの自嘲の笑いであった。






だが、ここで彼はふと気づいた。



何故あのような場所に白銀水晶はあったのか、と。




その日の内に、彼は封魔の遺跡の例の場所へ赴き、白銀水晶のあった台座を調べた。

あの時は到底よじ登れる高さではなかったが、今のレイジはそれを成し遂げた。
掌や指の皮が岩壁に傷つき、血が滲んではいたが。

それを可能にしたのはひとえにサヤへの愛と執念と言う外ないだろう。

その台座に刻まれた文章からサヤが白銀世界という異世界でまだ生存している可能性、そしてプロポーズした日に彼女と愛し合った時、その世界への道を開く白銀のイクシアを受け継いだ可能性に思い至った。





そしてルナに必死に掛け合い、己が内に秘められた力を呼び起こすという無間地獄の修行法を教わり、現在に至るのである。

修行の場に選んだのはサヤにプロポーズしたあの場所であった。

なおこの修行に取り掛かる際、彼の唯一の肉親であるレミを筆頭に仲間達から猛反対を受けたが最終的には納得してもらった。




天候が急変し、周囲に雪が積もっても、彼は修業を休める事は無かった。
見守る妹達の視線にも気付かずに。

レミは当初、マイティ・ヒールでレイジの修行を手助けすると提案したが、回復の時間さえ惜しいとレイジ本人に拒否された。






しかし、それほどまでの努力を重ねながらも白銀のイクシアを体得する日は来なかった。





レイジは気付かなかったが、肉体を酷使し続ける内に、徐々に限界が迫っていた。






だがある日、いつもの様に闇の中で火と氷と雷と風に翻弄された彼は一瞬だが、確かに暗黒の中に白銀の煌めきを垣間見た。




その瞬間に結界から吹き飛ばされ、雪の上に叩きつけられたものの、即座に立ち上がり先程のイクシアを使用してみる。

辺りを先程と同じような、白銀の光が包み込んだ。




しかし、何も起こらなかった。




「まだだ!結界に入れば……!!」


急いで結界に向けて駆けだそうとするが、その途中でレイジは倒れ込んだ。



「あ……ぐ……」



ついに肉体の限界が訪れ、全身から噴き出た血が純白の雪を赤く染め上げた。



(これだけやっても無理なのか……どうしても……白銀のイクシアを会得する事は出来ないのか……?)



胸に去来するのはサヤに会いたいという願望と、ここに戻れずとも二人でいたいというささやかな願いにすら届かない絶望。



(それならばもうこの世界には……)




気付けば雪が降り始めていた。

サヤを失ったあの日と同じように。

降り積もった雪と降り注ぐ雪が冷たくて、傷ついた体に心地よかった。
このまま埋もれるのもいいかと思えるほどに。



(こんな無力な俺にはそれがお似合いの結末だ……)



ふとサヤとの思い出の数々が映し出された。



魔の樹海、星空の下で語り合った事。



蓮部探偵事務所の屋上で告白したこと。



プロポーズした日のこと。




(これが……走馬灯ってやつか……案外いいものだな……)



サヤとの思い出を見ながら死んでいく。

今の自分には願ってもない最高の死に方じゃないか。

いつか訪れるであろう、死後の世界での彼女との再会を夢見て彼は目を閉じ、永遠(とわ)のまどろみへと落ちようと……


















「こんな所で寝てると風邪ひきますよ」
















……したところでこの世界にいる筈のない人間の、聞こえる筈のない声が聞こえた。

偶然か必然か、かつて星空の下で『彼女』に言われた台詞と同じであった。


聞こえる筈のない声が聞こえた事は超越者になったあの日から2度体験して来た。
そしていずれも夢幻(ゆめまぼろし)ではなく現実であった。


不意にレイジの頭が持ち上げられ、後頭部が何か柔らかいものに触れる感触がした。
そして旅の間に何度も受けた感覚……ヒールで傷が癒されていく心地よい感覚がレイジの全身を包んだ。




レイジはゆっくりと目を開いた。

紫の瞳、長い銀色の髪、黒いヘアバンド。

初めて会ったあの日と全く変わらない容姿。






地獄に身を投じてまで求め続けた想い人の姿がそこにあった。







「初めて会った日以来ですね。こうして倒れてるレイジさんを介抱するのは」


柔らかいものの正体は彼女の膝枕であった。


「まだ傷が治り切ってませんね。あの時貰ったこれも使いますね」

そう言って彼女は懐から傷薬を取り出した。
忘れもしないあの決戦の日、彼女に持たせておいた傷薬である。



その光景にレイジはしばし呆然としていた。

「……俺は夢を見ているのか?」

その問いに、彼女は目を閉じて首を横に振って答えた。

「いいえ、夢なんかじゃありません。現実ですよ」



彼女は語った。

気付いたら全てが白だけの世界にいた事。
そこでは時間も場所もわからなかったこと。

レイジに会うべく元の世界に戻るため、必死でもがいたこと。

そして遂に諦めかけたその時、一筋の暖かい光が自分のいる場所に差し込んだこと。

そこへ走り出したおかげで、戻る事が出来たと。


「まさか……さっきのが……」


思い出すのは先刻失敗した白銀のイクシア。


「やっぱりあれはレイジさんのお陰だったんですね……」



自分が苛酷な修行に挑み続けたからこそ、この奇跡は起きた。

彼女が諦めなかったからこそ再び出会う事が出来た。

その事実を認識した瞬間、頬が濡れる感触がした。









「おかえり……サヤ……」








レイジの言葉を聞いたサヤの目から涙が流れ落ちた。







「レイジさん……ただいまです」







サヤは言葉と共に背を曲げてレイジに顔を近づけた。
降りしきる雪の中、世界を越えて再会した二人はそっと口づけを交わした。





































「まさか再びここへ来るなんてね」

「ああ。しかもとんでもない目的でな」

「こんな途方もない事に付き合ってあげるんだから、後で食事くらいおごりなさいよ」

「私はまた欲しい銃をお願いね」

「では俺は一度手合わせを願おうかな」

「わかったよ」




霧の立ち込めるその場所にレイジ達はいた。

サヤが戻ってからそれなりの月日が流れ、覇堂家の祖先が各地に封じた魔王達を退治したレイジ達の力は飛躍的に向上していた。

あの白銀のイクシアでさえも今ではほぼ無制限に使えるようになるほどに。

また彼らは魔王達の領域から様々な秘術とでもいうべき強力なイクシアを入手していた。

そこで彼らは対魔戦争以降、未だこの世界に留まる大いなる災いを除こうと考えたのだ。

それは人類にとって、およそ不可能とも思われるほどの所業であった。

しかし彼ら8人には、不思議と敗北はないという確信めいた感覚があった。



「でもサヤさん、スーパーカウンターリングがあるのに本当に普通のカウンターリングを着けて戦うんですか?」

「はい。私にはこれの方が心強い装備ですから」




レミの問いに、満面の笑みを浮かべたサヤが答える。
それが忘れ得ぬ思い出の品である事は、レイジとサヤの二人だけが知っている秘密だ。




「サヤ、君の白銀のイクシアが頼りだ。俺達は全力で君を援護する」

「わかりました」

「みんな……行くぞ!」

天下護剣……白峰山の頂上に住む伝説の刀鍛冶・ムラクモの作り上げた至高の業物を握りしめ、レイジが号令をかける。

「おう!」「ええ!」




彼らの戦いの果てに待つものは何か。


魔神の前では全てが等しく滅びるのみという絶望か。


己が力を極限まで鍛え抜き、絆を深めた人間たちの前では魔神すらも屈するという希望か。



その結末は、読み手たる諸君の心に委ねるとしよう。