ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:出会い

ノベルのイクシア
本編シリーズ
出会い
掲載日:2019/11/22
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
暗黒の中で心臓の鼓動が少しずつ弱くなり、それに倣って体が冷たくなっていくのを感じた。





(これが……死というものなのか……何も見えないまま……)




レイジもまだ若い身。
死を望んでいる筈もないが、不思議とそれに対する恐怖は無かった。



ただ一つ心残りなのは唯一となった肉親である妹のこと。



彼女をあの悪魔の思うがままにされると思うと死んでも死にきれない。



死にゆく彼の耳にふと、何者かが走ってくる足音が聞こえた。
オグマの仲間が戻って来たのだろうか?




「大丈……すか!?……しっか……てく……い!!」



誰かに体を抱きかかえられる感触がした。



声からすると女性だろうか?
もはや瀕死のレイジには眼前の相手の姿を見る事も、声をまともに聞き取る事すら叶わなくなっていた。



「く……くそっ……エ……エミニオンのや……やつらの……せいで……」



彼の抱く怒りと無念がそうさせたのか、自然と声が漏れていた。
誰とも知れぬ者に言った所で意味などないのに。



「……ニオン?この……惨状……魔……せいで……いのですか?」



「た……頼む……お……俺の……妹を……助け……ごふっ……!!」




肺や喉にまでダメージを負っていたのか、言葉と共に口から血が零れた。



「……無理……べらな……ください!その傷……は、身体……負担も……なものです」



その言葉を聞いたレイジの意識が急激に遠のいた。








いよいよ俺は死ぬのか?



レミを助けに行くことさえできないまま……



もう自分に出来るのは見知らぬ人間に妹の身を託すことだけなのか……?






それが自分の運命だと……?

















絶望に打ちひしがれたその時、闇を煌めきが照らした。



それと同時に凍り付くように冷えた身体が暖かな感覚に包まれ、心臓の鼓動が徐々に勢いを取り戻し、痛みが引いていった。





まるで太陽の光が大地を温め、そこから草木が芽吹くような……





「……っ……ん……こ……れは……?傷が……塞がっていく……?」



先程までのように見えるようになった目を開き、
確かにあの雷撃で受けた筈の傷が、最初からなかったかのように治っていた。


目がおかしくなったのかと思い、動くようになった腕で体の各所を触ってみる。
しかし、やはり傷どころかその痕跡すらも無かった。



「いったい……これはどういうことなんだ?」


「なんとか……適合できたみたいですね……良かった」



先刻までと違い、はっきり聞き取る事の出来た声の主をその目に映す。





紫の瞳、風に揺らめく銀色の髪、黒いヘアバンド。
胸元で交差する水色のリボンのついた白い服。




日頃神など信じない者であっても、同じ状況で出会えば天の使いと錯覚するような美しい少女であった。



「進化の核を使って、あなたを超越者にしました」


「えっ!?」



進化の核!?もしやエミニオンと何らかの関りを持つ者なのか?



立ち上がり、思わず掴みかかりそうになるのを後方からの鳴き声が遮った。


振り返ると梟人間……としか形容しようのない化け物が飛び掛かって来た。


「はっ!」


少女の声と共に飛んで行った風の刃で上半身と下半身とに分断され、魔獣は緑色の体液と臓物をぶちまけながら無残に墜落した。



あれもイクシアとかいう奴なのだろうか?



「話は後にして、まずは安全な場所に移動した方がよさそうですね」

「……ああ。同感だ」







(あいつらの仲間なら……俺を助けたりするはずないじゃないか……もっと冷静にならないとな……)


自身の馬鹿な考えと行動を奇しくも諫めてくれた魔獣に内心で僅かな感謝をしながら彼は歩き出した。















「キミの名前を聞いていいかな?」



彼女に連れられた無人の民家で差し出されたペットボトルの水をゴクゴクと勢いよく飲み干してレイジは口を開いた。
幸運にもあの梟人間以降、ここに着くまで魔獣の襲撃を受ける事はなかった。



「自己紹介がまだでしたね」


銀髪の少女は微笑んで言った。



「私はサヤと申します」

「俺はレイジ」

「分かりました。さっそくですが、レイジさんに聞いておきたい事があります。この街の惨状はどういう訳なのですか?」




レイジは包み隠さず話した。

エミニオンのこと。

オグマの実験の事。

奴が魔獣をばらまき、自身に瀕死の重傷を負わせ、妹をさらったこと。




「事情は分かりました。私がもう少し辿り着くのが早ければ……」

「サヤのお陰で今俺がこうして生きていられるんだ。それだけでも感謝しないと、本当にありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです。それより……」


サヤは一度言葉を切り



「レイジさんはこれからどうなされるんですか?」

「オグマの居場所を探す。レミを助け出さないと」


迷いなく答える。
こうして生き永らえた以上、すべきことを。


「それなら、私も妹さんを助けるのを手伝いましょう」


彼女の思わぬ申し出にレイジは面食らった。
死の淵にいたとはいえ、確かに一度は彼女に託しかけたが……


「これも乗り掛かった船ですから」


屈託のない笑顔で言葉を続ける。
やはり自身の聞き違いや冗談ではないようだ。

確かに先程魔獣を一撃で倒してみせた事を考えれば心強いが……



「ご安心ください。先程お見せしたイクシアに加え、対魔獣用の格闘術を身に着けていますから」

「そういえば……さっき俺を超越者にしたとか言ってたけど……」

「まだその説明をしていませんでしたね。お話ししましょう」





サヤは語った。

発見時には既に瀕死であったレイジを救うには彼自身の生命力を高める必要があったこと。

超越者にすれば常人をはるかに上回る身体能力を得られるので、それによって彼を助けられる可能性を見出したこと。

そこで手持ちの進化の核を使用した大博打に打って出たことを。



「私の持っていた進化の核は私の家に伝わる品でしたが、私自身適性を持つ人間に出会う事はないだろうとも思っていた代物でもあります。ですから人一人の命を救う役に立てればと……」

「そうだったのか……」

何の因果か、オグマの部下の言ったように自身に進化の核の適性があった事が命を繋いだようだ。



「とすると、オグマやサヤが使っていた……イクシア……だっけか?あれも使えるのか?」

「少し訓練が必要でしょうが、使う事が出来る筈です。簡単なコツをお教えしましょう」

「……何から何まで、本当にありがとう」



レイジは深々と頭を下げた。



「気にしないでください。今後のためにもイクシアを身につけておくべきですから」


















「せやぁっ!」



それから約10分後。
サヤから手ほどきを受けたレイジは、手にした日本刀で手近な瓦礫を真っ二つにして見せた。


彼が『砕牙』と名付けたそのイクシアはコンクリートの塊を容易く切り裂いた。
その断面は滑らかなもので、まるでバターを切ったようだ。



サヤによると、あの進化の核は効果が未知数の物だったらしいが彼女の手ほどきを受けると同時に、頭の中に刀のイメージが浮かんだ。
なんでも超越者となり力に目覚めると、その様に己が習得するイクシアのイメージが浮かぶのだとか。




なおレイジの使っている日本刀はサヤが持参したものだが、どういう訳だか出所を言わなかった。
重要な事ではないので、あえて深く追求しなかったが。




「教えたのは基本的なところですが……あとは実践で使いこなしていくしかありません」


「望むところだ」




エミニオンや魔獣達には怨みがある。
怨みを晴らしながら己の腕を磨く。
レイジにしてみれば一石二鳥な話であった。





「……ところで、サヤ」

「はい?」


何か奥歯にものが挟まった感じのレイジの言葉にサヤは怪訝な声を上げる。




「……さっきからどうにも身体が疼くような感じがするんだ」

「あ、もしかしたら超越者になった副作用かもしれません。身体の相性が合わない場合副作用が出る事例もあるらしいです」

「なんだって!?」




どうも話がうますぎると思ったら……



などと考えていると突如サヤが目を丸くし、頬を紅潮させていた。



「レイジさん……その非常に言いづらい事なのですが……」



サヤが指さす先……具体的にはレイジの下半身に目を向けると、『アソコ』が立派なテントを張っていた。
しかも見る間にムクムクと大きくなった。





「サヤ……これがその副作用って奴なら頼みがあるんだけど……」



「はい……なんでしょうか?」











「非常に言いづらい事なんだけど……できれば、これを鎮めるのを手伝ってくれないかな?」



「……具体的に、どうすればいいんですか?」





『いやな予感がします』という本音を滲ませた声でサヤが問いかける。



レイジ自身も大恩人であり、初対面の女性であるサヤにこの続きを告げるのは気が進まなかった。



が、このままではこの先の行動に支障が出るかもしれないと思うとレミの為にも言わざるを得なかった。



よって恥も外聞も、己がプライドさえもかなぐり捨てて、再び頭を下げながら彼は口にした。














「サヤの……パンツを見せてくれないか?」











直後、美少女の困惑の感情に満ちた叫びが、ゴーストタウンにこだました。