ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:急襲

ノベルのイクシア
本編シリーズ
急襲
掲載日:2019/12/09
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
覇堂神社、宿舎の一室のベッドで横になっていたカイは禍々しい気配と、階下からドタドタと響くけたたましい足音を感知し体を起こした。


「大変です!!カイ様!!」

声とともに警備隊員の一人が戸を開け、転がるようにして入ってきた。

「この覇堂神社に魔獣の大群が押し寄せているようです!!」


「なんだと……魔の扉が開いたとでも……!!?」

「詳細は不明ですが、その線は無いようです。どうやら他の地域では起こっていないようなのですが……」

「そうか……」

言いながらカイはベッドから立ち上がり、傍らに置かれた愛用の鉤爪を装着する。


「ならば、俺自らが出て食い止める。住民の避難は任せたぞ」

「まさか、お一人で!!?いかにカイ様といえど、病み上がりのお体では無謀です!!」

「本調子ではないが……心配は無用だ」


警備隊員はしばしじっとカイの目を見つめた。

そして彼が折れる気が無いと悟ると、袋を差し出した。
中を見ると傷薬やエナジーケアといった薬剤が入っていた。

「これは……」

「私とて、覇堂家にお仕えする身。カイ様がどう仰られるか想定しなかったわけではありません」

「感謝する」

「避難は我々にお任せください。カイ様の決意に見事応えて見せます!」

それだけ言い残して彼は部屋に来た時と同じように出て行った。




「……覚悟を決めるか」

そう呟いた後疾風のような速度で宿舎を飛び出し、逃げ惑う群衆を華麗に避けながら気配のする方……長い石段へと向かう。



その途中、はらすき亭が目に入った。

幼少の頃、修行の合間にあそこの店主にただで団子を食べさせてもらった。
後に父親にバレて頭を軽くこずかれ、代金を払いに行かされたが。



(これが終わったら、もう一度ゆっくり味わいたいものだな)



そんな事を思いながら竹で作られたバリケードを軽々と跳び越え、技の構えを取る。



「どれ、まず肩慣らしと行くか」



そう言いつつ先端に針の付いた数本の触手を持つ白い魔獣に虎爪撃を放つ。
幸運にも斬撃に弱い種族だったようで、あっけなく細切れにされる。


次はどいつと考える間でもなく、赤い虎のような魔獣が飛び掛かる。

その攻撃を回避しつつ、右前足を斬り飛ばし、バランスを崩した所を強襲し首を切断する。



続いて猿の顔にサソリの尾を持つ魔獣とじっと睨み合う。



先に飛び出したのはカイだ。
それを見た敵がサソリの尾を伸ばし、カウンターを試みる。

だがそれを見越していたカイは左手の爪で攻撃を上へ受け流し、右手の爪で相手の顔面を横一文字に掻き切る。

両目を潰された魔獣が悪あがきの雷の息を吐き出す。
至近距離でもろに浴びたが構わず、敵の喉笛を切り裂き引導を渡す。



「くっ……感電したか……!!」

先程貰った品の中に除電スプレーやキュアエレメントはない。

時間経過で治癒するのを待つしかないかと胸中で毒づいていると、石段の下から続々と押し寄せる新手の姿が双眸に映った。


「キリがないな……」


傷薬を1つ使い、帯電の痛みに耐えながら爪を構える。








その少し後。
灰色の空の下、穏やかに流れる川を行く一艘の小舟。

その船上で、サヤが沈痛な表情でアミュレットグローブを嵌める。

そわそわと落ち着かない様子の彼女の肩にレイジが手を置く。


「大丈夫だ。あのカイなら」

「そうよ。あの対魔戦争を生き残ったくらいだもの。彼の強さは私が保証するわ」

ウインクをしながらリナも同意した。


「お二人とも、ありがとうございます」



サヤが二人に頭を下げると同時に、コウモリの羽根とサソリの尾を持った魔獣が咆哮を上げながら飛んで来た。


カレンが銃を構える前にサヤが甲板を蹴って跳躍し、相手の脳天に新調した装備での一撃を見舞う。

バキッ、と嫌な音が響く。
敵の肉体を蹴とばし、縦方向にクルクルと回転しながら船へと戻る。

その鮮やかさに他の5人が思わず拍手をした。

一方サヤの一撃で頭蓋骨を砕かれた魔獣は盛大な飛沫を上げて、せせらぎへと飛び込んで行った。



「こりゃあ急がないとな」








邪気の漂う覇堂神社へ到着したレイジ達を早速邪気の主達が歓迎してくれた。

「アイスofダイヤ!!」

「ナイトメアランページ!!」

赤・黄・黒の3色の縞模様の蛇が絡みついた目玉をリナのイクシアが凍らせ、そこへマンゴーシュの連撃が炸裂し、美しく砕け散る。
マンゴーシュは防御用の小剣だが、これまでレミが手にしてきたナイフの中では最高の切れ味を誇っていた。




「退魔士協会もいいものをくれたわね」

虎のような魔獣をフルバーストで蜂の巣にしたカレンが、真新しいCZ75を見てにんまりと笑みを浮かべる。
サヤ・レミ・カレンの3人が手にしている武器は今回の件の解決の為、退魔士協会から無償で提供された物資である。


そのすぐ傍で白い猿のような魔獣がルナの光の剣で十字に断ち割られる。

「退魔士屈指の名門、覇堂家の危機だからね。太っ腹にもなるわよ」





石段を登っていくと無数の手を持つ巨大な石の魔獣が躍りかかった。

「大物ね……レイジ、協力して」

「了解!」


ダークスフィアの2連発を食らい、よろめいた所へ落石トラップと霊峰が決まる。
それで完全に力尽きた魔獣は文字通り階段を転げ落ちて行った。








石畳が割れ、火が燃え盛り、引き裂かれたような傷を負って斃れている魔獣達の死骸が転がる中、両手に鉤爪を装着した銀髪の男が10匹ほどの魔獣に囲まれていた。



「兄様!」

「あれじゃ多勢に無勢じゃない!」

「俺達もすぐ加勢するぞ!!」




その時、後ろから人ならざる者達の足音や雄叫びが木霊した。


「くそっ!急いでるのに!!」

「こっちは任せて!」

金髪の退魔士姉妹が進み出る。



「頼んだぞ!!」


4人がカイの方へ駆け出すと同時に、後方から重い地響きがした。
恐らく今ので先頭の何匹かが巨石の足で潰された事だろう。


断裂斬と拡散撃ちの奇襲で1体を仕留める。

それを見た魔獣達がレイジ達に向き直る。
その隙をついて、カイが1体の首を斬り飛ばす。


それがゴングとなった。


「ホーリーサークル!!」

白い猿の魔獣が光に弱いのは先の戦闘で把握していたので、ルナとの交わりで体得した光のイクシアを浴びせる。
平時ならサヤからジト目が向けられるワンシーンだが、この事態では当然のごとくそんな余裕はない。



ややあって、カイとレイジ達に半ば挟み撃ちにされた格好の魔獣共は全員地に伏した。



「サヤ……」

妹に呼び掛けるカイは前に見た時よりもさらにボロボロで、服にも血が滲んでいた。
感電のダメージで倒れかかった所をレイジが受け止める。

すかさずレミとサヤがエレメントキュアとマイティ・ヒールをかける。


「すまない……」

「大丈夫ですか、兄様?」

「お陰で戦えるまでにはなった」



後ろの敵を片付けてきたらしいリナとルナが駆けつけてきた。


「……アリスの憑依は解けたようだな」

「ええ、レイジ達のお陰で今は元通りよ」

「そうか……今まで助けられずにすまなかった」

「お互い様よ。私こそ貴方に負担をかけさせてしまったんだから」

「悪いけど、のんびり話し込んでる暇は無さそうよ」


味方にヒールライトをかけ終えたルナの言う通り、階段の下から更なる魔獣達が迫ってきた。


各々が身構えると様々な属性のイクシアが乱れ飛び、魔獣達を打ち据えた。
何事かと振り返ると、大勢の男女が石段の上に居並んでいた。


「カイ様!住人の避難は完了いたしました!!」

「我々も援護いたします!!」

「皆さんにはこちらを差し上げます!!」



群衆の中の巫女装束の女性が袋を投げた。
カレンがキャッチし、開けてみると中にはエナジーケアがいくつも入っていた


「ありがとー!!」


カレンが手を振って感謝の意を伝える。
怒り狂った一部の魔獣達がレイジ達を差し置いて後方の退魔士達を殺めようと石段を駆け上がって行ったが、数で勝る退魔士達の迎撃に一矢報いる事すらなく物言わぬ骸と化していく。

それを見た他の魔獣達が同胞の仇を討とうと階段を上っていき、同じ運命を辿る。



「戦う数が減ったな」

「彼らの為にも、もうひと頑張りしましょう」

「そうですね!」

言いながらレミが階下にアイシクルランスを放つ。



「リナ、このクリスタルの宝珠をお前に渡しておく。俺よりお前の方が有効活用できるはずだ」

「ありがたく受け取っておくわ」

贈り物を受け取ると同時に、威力の上昇した竜巻を放ち先頭の一団を切り刻むリナ。

「どれ、追加のエナジーケアで回復した以上俺ももっと働かねばな」




そう言ってカイが跳躍し、敵軍のど真ん中へと降り立つ。


「カイ!!?」

声を上げるレイジと裏腹にサヤは冷静であった。

「大丈夫です。兄様なら……」



実際彼女の言葉通り、魔獣達が両腕を交差したカイに集中攻撃を行うが、まるで通用していなかった。


「あれは……」


金剛不壊。かつて封魔の遺跡でも披露した防御のイクシア。
当のカイはその間に、両腕を交差させたまま微動だにせずじっとしている。




「魔狼爪!!」



そして腕の交差が解かれた瞬間、声が響き彼の姿が一瞬消える。
怪力乱神で威力を高め、紫電一閃で敵の急所に当たりやすくした集団攻撃用のイクシアが周辺の魔獣をズタズタに切り裂き、屍に変える。


「相変わらずすごいわね……」

「対魔戦争でもあの技大活躍だったわよ」


それぞれ見た過去の戦いを想起しながらのカレンとリナのコメントを尻目に、サヤとレイジが階下へ跳躍する。


技を繰り出し終えたカイに第二波が襲い掛かろうとしたが、拳圧で噴出した地面が敵を空中へカチ上げ、空中で放たれた流奏斬がトドメを刺す。



「カイばかりに美味しい所はやらないぜ」

「そうですよ兄様」


他の仲間達や覇堂神社の退魔士達も我も我もと石段を下りてきた。












「流石に全部片付いたみたいね」

長い長い石段に足の踏み場も無いほど転がった魔獣の死骸を見てリナが呟く。

「結構しんどかったわね、このエナジーケアが役に立つわ」

イクシア使用の負担を回復しつつ、ルナが言う。


「……まだ麓に一際邪悪な気配を感じます」

「そいつがこいつらの親玉かしら?」

「ならばこの借りを返さなければならないな」

「ああ、たっぷり利息をつけてな」

「お前達は上へ戻って住人の護衛に当たってくれ」

「わかりました!」

返事と共に退魔士達は一斉に階段を上って行った。

「……賢明な判断ですね」

「……麓に感じる邪気……他の連中とは格が違うからな」








石段を下り、草原に出ると黒いオーラを立ち昇らせた老人……憎むべきオグマの姿がそこにあった。


「オグマ……!!」

「見つけたぞ小僧ども。魔獣化の術を習得した甲斐があったわい」


魔獣化の術……ここへ来る前に倒した降魔教団の教祖が研究し、オグマに伝授したものだ。


「ってことは、さっき俺達が倒した魔獣は……!!」


「その辺の街から適当に攫ってきた連中じゃ。ワシの雪辱を果たすためならば、そこらの人間がどうなろうとワシの知った事ではない」


先程まで倒してきた大量の魔獣……あれが全て元は人間だったというのか?
その事実に、無意識にレイジはギリ、と奥歯を強く噛み締め、他の6人もそれぞれに怒りや不快感を露わにする。


「知ってはいたが、本当に下衆だなお前!!」

「レイジくん、こんな奴は下衆と呼ぶにも値しないわ!!」

「ふん。それにしても、懐かしくも予想外の顔もおるな……」

オグマがカイの方を見て言う。

「予想外はともかく、お前の顔など見ても懐かしさなど感じないな」

「ふん、別にお前がどう思うと知った事ではないわい!今こそ怨みを晴らす時じゃ!!」




オグマが指を鳴らすと周囲の地面を突き破り、エミニオン本部でも見た忘れたくても忘れられない『あの装置』が出現した。




「なっ……これは……!」

「遅い!」


7人が動くよりも早くエミニオン本部の時と同じように黄色い電光が迸り、レイジ達の力を奪い去った。