ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:零下の戦い

ノベルのイクシア
本編シリーズ
零下の戦い
掲載日:2019/12/21
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
ザク……ザク……ザク……ザク……






一面の白と吹きすさぶ寒風の中で、先程から同じ音が鳴り続けている。






ザク……ザク……ザク……ザク……






積もりに積もった深雪を一歩一歩踏みしめながらレイジ達は雪中行軍を行っていた。



地獄谷で四天王の一人・キサラを下し、炎の魔石を手にした彼らは次なる氷の魔石を求めてここ白峰山を訪れていた。
クウヤの情報では頂上の洞窟にそれはあるという。



「やっぱり……寒いわね」

カレンが両腕で己の身体を抱きながら身を縮こませる。
この極寒の地でも彼女はいつもと同じ軽装を身にまとっている。

「何で寒い所へ来るってわかってたのに、そんな薄着で来たんだよ?」

レイジが至極もっともな疑問をぶつける。

「だって……」

「コート……せめてマフラーや手袋を準備してくればよかったですね」

カレンほどではないが、あまり厚着とも言えないサヤが身を震わせながらぼやく。

「お前ら。おしゃべりもいいが、足を滑らせたりするなよ」


この中で一番暖かそうな格好のクウヤが忠告をする。
ここには地獄谷のように溶岩はないが、万一足を滑らせれば奈落の底へ真っ逆さまだ。

雪山なので、雪庇(せっぴ)にも気を付けなければならない。





「こんなことなら爺さんに新型のカイロでも作ってもらうべきだったかな……」

「「あの人の話はやめて(下さい)!!」」

カレンとサヤが雪崩を起こさんばかりの大声で叫んだ。

「お、おう……」


二人のあまりの剣幕にクウヤはたじろいだ。


彼は知る由もないが、ここへ来る前ギンが調合を失敗した薬のせいで彼女達はとんだハプニングに巻き込まれる事になったのだ。
それ故、2人からのギンの評価はすこぶる低い。







「しかし寒いのはまだ何とかなるとしても、ここまで移動が遅くなるのはキツイな」

「雪に足を取られて、いつもの様には戦えないかもしれません。それはそうとして……」



サヤは不意に足を止める。




「……それで隠れているつもりですか!!?」


サヤが声と共に後ろを振り向き、風刃を虚空へと向けて放った。

だが突如、何も無い『筈』の空間に紅蓮の花が咲いた。
よく目を凝らしてみると、それは辺りの純白にうまく紛れ込んだ大きな鷲の魔獣であった。
寒風の風切り音で飛行音さえも隠し、奇襲をかけようとしていたのだ。

両断された個体の隣にいた魔獣も赤い血飛沫を浴びて姿を現した。

それを見たレイジは刀に炎を纏わせ、足下に向ける。
熱い炎のイクシアが彼の足元の雪を瞬く間に溶かしていき、踏み出すための足場を作る。



「炎刃斬!!」



跳躍し、降下して来た魔獣を炎の刃で一刀両断し、雪上に華麗に着地する。



「ふう、何とか転ばずに済んだな」


というのもつかの間、上から虫の羽音が聞こえた。
見上げると、青い外皮のバッタが何匹もこちらに飛んで来た。

大きさは軽く成人した人間くらいはある。


「スプレッドファイア!!」


クウヤの繰り出した炎のイクシアでバッタ達はたちまち火達磨になった。
魔獣共はあるものはそのまま奈落へと落ちていき、あるものは木や岸壁に激突し、またあるものは積もった雪に頭から突っ込んでその生涯に幕を閉じた。



「ここはレイジとクウヤの独壇場ね……私はゆっくり休ませてもらおうっと」

そう言ってカレンはかじかんだ両手に息を吐きかける。






山登りも中腹に差し掛かり、一同の目の前には木の橋が現れた。



「こういう所に限って敵が……」



橋の中ほどに差し掛かった所でのレイジが呟きを遮って遠吠えが響き、狼の大群が向こう側に姿を見せた。


「……見事にフラグを立てたな、レイジ」

「そんなことより!ここで炎の技はまずいな……」

レイジの言う通りここで火を使えば橋が焼け落ち、4人とも崖下へご招待である。



「私に任せてください。はああああああっ!!」

サヤが砂煙……いや雪煙を上げながら高速で駆け抜けると、向かって来た狼達は次々と橋から叩き落された。

灰神楽という集団攻撃用の覇堂拳術である。



雪煙が晴れると、手品のように魔獣の群れは消え失せていた。



「さ、行きましょうか」

振り返ったサヤが、何事も無かったかのように微笑んで言った。








「ようやく頂上か……」

「はやく洞窟に入ろうよ……」

「待って下さい。風が……」


風のイクシアを使うだけあって、風の動きに敏感なのだろうか?

サヤの予感した通り、先程から吹き続けていた風がみるみる強くなりたちまち猛吹雪となった。





「ひ~!!さささ……寒い~~~!!!」

カレンが歯をガチガチさせながら叫ぶ。

「山の天気は変わりやすいって言うけどここまでとはな……」

「ははははやく吹雪をしのげる場所を探さないと……」

「いやその前に……」




吹雪の向こう側からいくつもの影が近づいてきていた。
シルエットは人型だが、大きさが異様で一番長身のクウヤよりも二回りは大きい。
雪男、とでも呼ぶできだろうか。




「あいつらを倒すのが先だろう」

「……ですね」

「カレンが凍死する前に、やるか」









「九死に一生ってのはこういう時を言うんだな」

「できれば一生体感したくない言葉ですけどね」


雪男などの魔獣を撃退したレイジ達は荒れ狂う吹雪の中にこの山小屋を見つけ、駆け込んだのだ。


「これで……どうだ」


クウヤが手から火を少しだけ出して小屋内を温める。



「あ”~生き返るわ~」

カレンが普段からは想像もつかない声を出す。

「クウヤさんがいてくれて助かりました」

「俺はエアコンじゃないんだが……ま、必要とあれば、な」

「なんか昔読んだ絵本を思い出したよ。寒い中マッチを売らされる少女の……」

「その少女は暖かい食べ物や暖炉を欲するあまり幻覚を見たんですよね」

「その話じゃないけど、こう寒いと食べ飽きたカップ麺が恋しいわね……お酒もだけど」

「生憎とカップ麺も酒も品切れだ。このココアで我慢しろ」


クウヤは先程と同じように炎のイクシアで持参した缶入りココアを適度に温め、各自に配る。
飲むと、身体の芯からじんわりと温かくなった。


(そう言えば子供の頃は寒い日に母さんがよくココアやスープを作ってくれたっけ……)




「あぁ~……ココアが五臓六腑に染み渡るわぁ……」


ノスタルジックな気分に浸っていたレイジをカレンのセリフが現実へと引き戻した。

「……カレン、言動が完全に親父だぞ」

「別にいいでしょレイジ。誰に迷惑かけるわけでもないんだし……」

「でも、このココア本当に美味しいです」


そう言ってサヤがレイジに肩を寄せてきた。


「ああ」


レイジも彼女の意図を悟り、肩をくっつける。




その二人をカレンとクウヤは遠巻きに見つめる。

「……見せつけてくれるわね」

「でも、ここじゃ大助かり……だろ?」

「まあね。にしてもこんな所に人が住んでるとは思えないわ」

「ん?何の話だ」

「アークシティで聞いた噂なんだけどね、この白峰山のどこかに人が住んでるらしいわよ」

「胡散臭い話だな……もし本当なら随分偏屈な野郎だろうな」

















吹雪がやんでから、レイジ達は氷壁の迷宮へと入った。

雪で作ったかまくらの中が意外と暖かいのと同じ理屈だろうか?
この中は少なくとも外よりは幾分マシな状況であった。


その証拠に、外では寒さに震えていたカレンがいつものように敵に銃撃を浴びせていた。
サヤの加勢もあり、見た目に反し暖かさの欠片も持たない羊達が次々と白い血を流して斃れていく。


氷の巨人が氷の息を吐き出した。
巨体の割に素早い動きをしており防御を解き、反撃に移ろうとした次の瞬間にはクウヤを右手に掴んでいた。



「ぐぅ……あぁっ!!」

「今助ける!!」


レイジは氷の壁をキックして通常より高く飛び上がり、炎刃斬で巨人の腕を斬り落とす。


「助かったぜ!!」

すかさず返礼のバーストフレイムを間近で浴びせる。
巨人は水蒸気を上げながらドロドロに溶けていった。






「わぁ……」

サヤが思わず目の前の光景の美しさに感嘆の声を漏らす。
迷宮を進んだ先には見ているだけで凍えそうな白い海が広がっていた。


「地獄谷とは別ベクトルの意味で入りたくないわね」

「常人なら凍死確定だろうな」


など話してといると、海から盛大に水飛沫を上げ青いガラスのようなイルカの魔獣達が飛び掛かって来た。



「炎撃弾!!」


多数の火炎弾が次々とイルカを打ち据え、クウヤのスプレッドファイアの追い打ちで一匹残らず沈黙する。


「油断大敵……だな」

「ですね」












奥に見える台座の上には青く冷たい輝きを放つ魔石が安置されていた。



「これで今回もミッションコンプリートね」

カレンが笑顔で魔石に手を伸ばす。

「生憎だが、その魔石を持って帰らせるわけにはいかないな」


振り返ると、赤い髪に黒いマントを羽織った長身の男が立っていた。
背中には彼の背と変わらぬほど長い剣を背負っており、その左目には刀傷があった。

そいつを見た瞬間からカレンがうつむき、身体をぶるぶると震わせ始めた。

一瞬、怯えの震えかとも思ったが短い間ながらカレンの人柄を見知ったレイジはすぐにその考えを否定する。


「まさかこんな連中が魔石を探していたとはな」


侮蔑の目線でレイジ達を眺める。


「ついに……現れたわね……エミニオン四天王・セキト!!」

銃を構えて一歩踏み出した。

「俺の名を知っているのか?ならば話は早い。お前達の持っている魔石を渡してもらおうか」

「そうはいかないわ!あなたに仲間達を殺された怨み、晴らさせてもらうわ!!」



その言葉に、セキトは首をかしげる。
本当に覚えていないのだろう。


その態度が、カレンの神経を逆撫でした。



「いったい何の話だ?」

「私はかつて、あなたに壊滅させられた対魔獣組織の生き残りよ!」

「……まさかとは思うが、仲間の仇討ちを考えているのではないだろうな?」

「そのまさかよ!!」




言うが早いか、コンビネーションショットを放つ。

しかしセキトはその銃撃全てを剣で弾いて見せた。



「なっ……」


そんなカレンを見てセキトはふっ、と鼻で笑った。


「復讐など諦めてひっそり暮らしていればいいものを!!仲間達の後を追いに来たか?」

「……今度は……あなたが敗北する番よ!!」


カレンが更なる銃撃を放とうとするより早く、雷撃が飛んだ。
感電するためか、剣では受けずその場を飛びのいて避けるセキト。



「一人で無茶するなよ。お前一人で勝てる相手じゃない」

トレードマークのサングラスを人差し指でくい、としながらクウヤが言った。

「そうですよ。私達もいるんですから」

「わかってるわ」

「お前もキサラと同じように叩きのめしてやるよ!カレンの為にもな!」





「ほう……キサラを……か」


セキトが目を細めた


「ならばその言葉が真実かどうか、試させてもらうぞっ!!」



セキトが剣を振り衝撃波を放つ。
それを食らったレイジ以外の4人はその場にすっ転んだ。

スタンウェーブ。
肉体的ダメージを与える以外にも時に転ばせて隙を産み出す効果を持つイクシアである。



「はあああああっ!!」



剣と刀がぶつかり合い、火花が飛び散る。
そして十合ほど打ち合い、鍔迫り合いとなる。


「この俺に剣でここまで張り合うとは……嬉しい限りだ!!」

セキトが剣を大きく横薙ぎに振るうのと同時に、レイジが飛びのく。

「褒められても全然嬉しくない……な!!」


言いながらレイジがしゃがむと、頭の上を風刃が通過した。



「甘い!」


しかしその不意打ちも先程の銃撃同様、剣で弾かれる。

その瞬間、レイジが敵の死角になる位置から顔面を狙った突きを繰り出すが、あっさりと避けられる。

「馬鹿め……隙だらけだぞ!!」

セキトが嬉々として剣を振り上げるが、それこそレイジが狙った展開。
時計回りに器用にターンしたレイジががら空きになったセキトの右脇腹を勢いよく切り裂く。



「がぁっ!!」


苦悶の声とともに、赤い血が飛び散る。


「前から思ってたんだが、エミニオンなんかでも赤い血を流すんだな」

「き、きさ……ぐああああっ!!」



言い終える前にクウヤのエレキバースト、物理攻撃の威力を高める炎の魔石で威力が底上げされた灯籠、ブラストショットが炸裂した。




「ぐっ……先程の言葉、どうやら嘘ではないようだな……ならば!」



セキトの剣から離された右手から激しい光が発せられた。



フラッシュ。
その光をまともに食らえば、しばらくの間目を開けられないほどの痛みに喘ぐ事になる。




「くうぅ……」

「目……目が……」


レイジ達4人は両手で目を押さえて、狼狽する。



「フリーズクリスタル!!」



カレンに向けて氷のイクシアを放つ。


だがカレンを氷の人柱と化す筈だったその一撃は別の方向からの炎のイクシアによって相殺され、白い蒸気をもうもうと上げる。


「なにぃっ!!?」

「残念だが、俺には効かなかったようだぜ」


クウヤが笑みを浮かべて告げる。
先程の彼の狼狽はフェイクだったのだ。


「ほう……だがお前ひとりで何処まで凌げるか……じっくりと楽しませてもらうぞ」



「レイジ、カレン。アドリブで悪いが、付き合ってくれ」

傍らの2人に小声で告げる。



「スプレッドファイア!!」

その掛け声に、レイジとカレンはすぐに彼の意図を察した。

「炎撃弾!!」



広範囲に作用する炎のイクシアがセキトに襲い掛かるが、セキトは先程クウヤがして見せたように氷のイクシアで相殺する。
一方、レイジの方はほとんどが見当外れの方へ飛んで行った。



「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる……か?その程度の猿知恵など……!!?」

「今だ!全員散れっ!!」


クウヤの合図で4人がばらけるのと時を同じくして、見当外れの方向へ飛んだ炎のイクシアが氷の壁や床、天井に着弾する。
炎にさらされた氷壁は大量の水蒸気を発生させ、辺りに濃霧が形成される。



(ふん……目には目を……というわけか)



白き闇と静寂が包み込む中、。



(声を出せば居場所が割れるな……ここは奴らが動くのを待つか)





ふと、前方右から微かに足音がした。


(そこか!)


一歩踏み出す。


その瞬間銃声が響き、その足を弾丸が貫いた。


「ぐあっ!」

たまらず声を上げてしまい、しまったと内心で思うがもはや手遅れ。


「虚空閃!!」

「バーストフレイム!!」

「破天荒!!」


足を負傷したセキトに声を目印とした一斉攻撃を回避する事はもはや叶わず、エミニオン四天王として初めて敗北の二文字を刻まれる事となった。





やがて霧が晴れ、レイジ達の視界も元に戻った。


「ぐふ……貴様……何故、俺の居場所が分かった!!?」


セキトが鬼の形相でカレンに問いかけた。


「遠くで針が落ちる音を聞けるってわけじゃないけどね……聞きなれた仲間の足音とそれ以外を区別することぐらいは朝飯前よ!」

「視界を塞ぎさえすればお前の不意を突けると踏んでな。後はカレンの射撃能力に賭けたってわけさ」

「ぐ……おのれ……!!」




悔しがるセキトの前に、つかつかとカレンが進み出る。




「ようやく、仲間の無念を晴らせるわ」



冷たい口調でそう言いながら、彼女は拳銃の銃口をセキトの頭に向ける。



「……でも、その前にエミニオンの情報を色々吐いてもらおうかしら」

「無駄な抵抗をされても困りますので、先に手足の2、3本折っても構いませんよね?」

「俺も鼻くらいはいただこうかな。他の部位は拷問用に残しておいてやるよ」

「おいおい、あまりやりすぎるなよ」




レイジ達の物騒な話題の対象は状況に似つかわしくない笑みを浮かべていた。



「俺も安く見られたものだな……お前達に捕まるぐらいならば……死を選ぶ!!」

「……っ!!離れてくださいっ!!」


サヤの合図で全員が飛びのくのと、セキトの身体が先程以上の光を発するのはほぼ同時であった。





爆音が響き渡り、光が晴れると、そこにセキトの姿は無かった。
髪も、衣服も、愛用の剣さえも何もかもが粉微塵に砕け散ったようだ。



唯一、先ほどの戦闘で流した血痕が彼の唯一の痕跡と言えるだろう。




その時洞窟が激しく振動し始めた。
自爆の衝撃が洞窟の崩壊を招いたようだ。



脱兎のごとく出口へ駆け出す4人に更なる追い打ちがかかる。




先の自爆によって脆くなっていたのだろうか、レイジとカレンの足元の氷がガラガラと音を立てて崩壊した。



「うわああああっ!!」

「きゃああああっ!!」


絶叫虚しく、2人は闇に吸い込まれていった。


















ザク……ザク……ザク……ザク……









黄金色の夕陽が照らす白峰山を行きの時と同じ音を立ててレイジ達は歩いていた。

行きと違うのは日が照らす事で大分温かい事と、サヤの顔が不機嫌そのものであることであった。




氷の穴底にて2人はレイジの発案で裸になって抱き合う事で暖を取ろうとしたのだが、気分が昂った二人はそのまま『こと』に及び、そこを救助に来たサヤにばっちり見られてしまったのだ。
すること自体は同意したサヤも、心配して必死に助けに来てそんな光景を見せられてはむくれざるを得なかった。


おまけにクウヤが用意していたはずの帰還の秘石をどこかに落としてしまったらしく、仕方なく歩いて下山することになったのだ。





「まったくもう……レイジさんたら……」

「ほんっとごめん!!この通りだ!!」



真っ白な雪の上で土下座してみせる。
その時ふとレイジの鼻がむず痒くなり……


「「は……は……はっくしゅん!」」


黄金色に染め上げられた白峰山に、2人のくしゃみが盛大に響き渡った。
もう一人は勿論、氷壁の迷宮で裸になったカレンのものだ。



「二人とも、自業自得ですよ!!」