ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:二人の時間

ノベルのイクシア
本編シリーズ
二人の時間
掲載日:2019/12/21
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
白峰山の氷壁の迷宮で二人目の四天王・セキトを下し、4つ目の魔石を手に入れた翌日、蓮部探偵事務所の1F。
クウヤがテーブルの上に一つずつ魔石を置いていった。



レイジ達がエミニオンの輸送列車から奪い取った雷の魔石。



風の渓谷で触手の魔獣を倒して手に入れた風の魔石。



地獄谷でキサラを打ち破って獲得した炎の魔石。



そして昨日氷壁の迷宮で手にしたばかりの氷の魔石。






「魔石集めも残り2つで終わりか……」

4つの魔石を見ながらレイジが呟く。
なお白峰山から帰る際にレイジとカレンは風邪をひいてしまったのだが、そこは並外れた生命力を持つ超越者というべきか、一晩寝ただけですっかり完治していたのであった。




「……状況から考えると、エミニオンは俺達の持ってる分まで魔石を全て集めようってハラだろう」

「だから魔石の前で四天王が待ち伏せていた、と」

「正解だレイジ。この先も魔石の前で待ち伏せているかもしれないが、逆に言えばこれはチャンスだ」

「魔石を手に入れ、かつ強敵であるエミニオン四天王を一人ずつぶっ潰せるって事ね」

「一石二鳥、ですか」

「その通りだ。で、次の魔石なんだが……」



クウヤはそこで一度言葉を切る。



「……絶望の街と呼ばれる場所にある」

「そんな……!?本当ですか!?」

その名をクウヤが言いにくそうに発すると、サヤが血相を変えて立ち上がった。

「ああ、不本意ながら……な」

「そうですか……よりにもよってあそこに……」

サヤが表情を曇らせる。


「あの……話が見えないんだけどさ、その絶望の街になにかあるの?」

「白き絶望(アークリッチ)という魔神の縄張りとなっている場所なんです」

カレンの問いに、深刻な表情でサヤが答える。


その言葉に、場が凍り付いた。


「えっ……魔神の縄張りですって……?」

「冗談……だろ?」


レイジがそう言うのも無理はない。

レイジ達が集めている魔石。
それは魔神と戦うために作られた殲滅の黙示録の一部。

魔神の縄張りへ行くという事はすなわち魔石が6つ全部揃っても勝てるかどうかという相手と出くわす可能性を意味する。


中でも退魔士として魔神の強さ・恐ろしさを教わったサヤの恐怖は他の4人の比ではなかった。





「かつてはそれなりの大きさの街だったそうだが、白き絶望がやって来て瞬く間に滅んだらしい」

「そんなところへ行かなきゃいけないなんて……」

レミが今にも泣きそうな顔で言う。



「……でも、ここまで来て引き下がる気はないんだろ?」

それとは対照的にクウヤが笑みを浮かべてレイジ達に問いかける。


「……愚問だな。魔神がいようが何だろうが、エミニオンの野望を止めないわけにはいかない」


レイジが右手を伸ばす。
その目に宿るのは怯えでも、自棄でもなく、確固とした信念の光。


「私も同じ意見よ。セキトは倒したけれど、これで全てが終わったわけじゃないもの」

「私達がやらなきゃ誰がやる、ですね」

「そう言う事だ」



カレンが、サヤが、そしてクウヤが。同じように手を伸ばす。
4本の手が重なり、上から見ると十字架のような形になる。



「あ、あの私も……」

「勿論。レミも俺たちの仲間だ」

「そうですよ」

「うん!」




レイジ達が作った十字架に、新たなる手が加わる。

その状況に、それぞれに笑みを浮かべる。









「よし!じゃあ早速……」

「いや、出発は明日にする」

「あれ?」

机の上の魔石を回収し、意気込んだレイジがクウヤに調子を崩され、ずっこけるふりをする。

「でも、早くしないとエミニオンの奴らに……」

「戦いには休息も必要だ。絶望の街へ行くのにも準備がいるしな。それに白き絶望のお陰で迂闊に近づけないのはエミニオンも同じだ」

「でも……」

「万一奴らが先に手に入れたとしても俺らが1つでも押さえている限り何も出来はしない」


そしてレイジの肩に手を置いて


「焦るばかりが戦いじゃないって事だ。いいから黙って今日は休養に努めろ」


と告げる。



「……」


どこか納得のいかないような面持ちでレイジは外へ出て行った。


「レイジさん、待って下さい」


それを追ってサヤも出ていく。




「……わざと二人になるよう仕向けたでしょ?」

「……俺は何も嘘はついていない。準備も休養も必要な事だ」

「そうね……さてと、それじゃあ私は武器屋に行って銃でも物色してきますか。素直じゃない誰かさんの銃も買ってこようかしら?」

「いらない」

「そう。それじゃ」



それだけ言ってカレンは手を振って出て行った。



「あのクウヤさん……お願いがあるんですが……」

「ん……なんだレミ」


















蓮部探偵事務所から東にある資料館の前


「レイジさん、クウヤさんの言う事も一理あります」

「……」

レイジはふうっ、と息をつき

「……そうだな、とっとと気分を切り換えないとな」

「そうですよ」

「それでサヤ、提案なんだけど……」

「せっかく休めって言われたんだし、これからデートしないか?」

「え……?」

思わぬ提案にサヤはぽかんと口を開ける。

「いやその、恋人になったのにそういう事してなかったしいい機会かな~って……もちろん、サヤがよければ……だけど……」












おずおずと彼女の方を見ると



「断るわけありません」

満面の笑みを浮かべてサヤは答えた。




「そうかよかった。で、何かリクエストはあるかな?」

「行ってみたいところはあるんですけど、それは後にして、しばらくはレイジさんにお任せしたいです」

「それでいいのか?」

「はい。レイジさんがどんなデートをして下さるのか、すごく楽しみです」


生まれて初めてのデートと言うものに対する期待の表れだろうか、


「……こういうの初めてなんだけど、そんなに期待されるとプレッシャーが半端ないな……」



恐らく今日は人生で最も頭を使う日になるだろうとレイジは確信するのであった。















アークシティは四方を高い壁が囲んでいる。
強力な魔獣相手には役に立たないとぼやく住民もいたが、その時レイジは内心で強力でなくても空を飛んだり地下に潜る魔獣相手には無意味だと思ったものだ。



「子供達が楽しそうに遊んでる光景っていいですよね」

「ああ、そうだな……平和ってものを実感できる気がするよ」



ちょうど近くにいたという事もあり、とりあえず公園へと連れてきたのだが予想以上に好感触だったようだ。

犬と戯れたり、砂場で山を作ったり、ブランコを漕ぐ子供もいる。




「レイジさん、あれ何をしているかわかりますか?」

サヤが指さした先にはベンチに座った1組のカップルがいた。

その2人は細い棒状のチョコスナックを両端から食べていた。

折れては次を取り出し、また同じように端からかじっていく。



(あれが噂に聞いた……)


「レイジさん?レイジさん?」


サヤの言葉で我に返る。
どうやら見入ってしまっていたようだ。


「あ、ああ……まあ簡単に言うと恋人同士がやる遊びだ」

「そうなんですか」
















公園を後にした2人はアクセサリーショップへと来店していた。

やはりサヤも女性であるためか、こういうアクセサリー類には興味深々らしく店内を楽しそうに眺めていた。


「レイジさん、ちょっとこっちへ来てください」

サヤのところへ行って、彼女が見ている商品の値札を見て、レイジは仰天した。



(目玉が飛び出るようなとはよく言ったものだな……)



レイジ達の資金は基本クウヤが管理していて、彼がその中からレイジ達に小遣いを分配している。
彼氏としては是非とも買ってやりたいところだが、無い袖を振る事は出来ない。


「こ、これもいいと思うが、サヤにはこの指輪の方が似合うと思うぞ」



そう言いながらレイジは彼女の手を取り、雪の結晶が装飾された指輪を指にはめる。



「綺麗ですね……ってこれ、この間手に入れたスノーリングじゃないですか!」

「ばれたか」














「レイジさん、ここは何のお店でしょうか?」


アクセサリーショップの隣に立つ『オトナのお店』と書かれた看板の店を見てサヤが尋ねる

「こ、ここはつまんないだろうから他所へ行こう」

「そうですか?でしたら、そろそろ……」

「ああ、行ってみたいところがあるんだったな」











「あ、レイジさん!こっちです!」


レイジの姿を見つけたサヤが手を振って自らの位置を知らせる。

アークシティ北方。
そこには魔獣と人間を戦いを見せものとし、連日大勢の客で賑わっている闘技場があった。

サヤのリクエストでやって来たのだ。


「どこへ行ってたんですか?」

「ちょっとな……」



周りの椅子には何人もの男女が腰かけている。
身なりからすると出場者だろうか?



などとおもっていると案内係と思しき金髪のバニーガールが歩み寄って来た。

思わず派手に晒されたそのカレン並みの巨乳に目が釘付けになる。


「試合の参加をご希望ですか?」

「は、はい」



「タッグバトルへの参加は右のカウンターで受け付けております。御武運を」

ウインクをして、バニーガールは去って行った。


「レイジさん……」

振り返ると、サヤにジト目で睨まれた。


「あーえと、これはその……」

レイジがしどろもどろになっていると、彼女は目を伏せため息をつく。

「まあいいです。男の人って大きいのが好きみたいですから」

「……反論できないのが辛い」








「レイジさんとサヤさんですね。すぐに試合が始まりますので、そこの入り口へどうぞ」


受付でエントリーを済ませると、すぐにリングへと案内された。





2人がリングへ登場すると、観客たちの声が轟音となって響いた。
ロビーではまるで聞こえなかったことから、ここの壁は防音にでもなっているのだろう。











「なんか照れますね。こういうの」

「そうだな」



(数年前に魔獣のせいで世界が滅びかけたばかりだというのに……人間って結構逞しいな……)



レイジがそんな事を考えていると奥の鉄格子が上に上がり、そこから対戦相手がのしのしと歩み出てきた。


一体は大きなチェーンソーを軽々と振り回すホッケーマスクのようなものをつけた巨漢。

もう一体はいくつもの人の死体を繋ぎ合わせたようなグロテスクな外見の白い人型の魔獣。



「それでは……試合開始です!!」




合図と共に最初に仕掛けてきたのはチェーンソーの魔獣だった。
その巨体と武器に見合わない俊敏さでレイジ達に肉薄し、得物を力一杯叩きつけた。


レイジとサヤは横っ飛びでそれを避けたが、闘技場の地面が砕け、岩が飛び散った。



「とんでもないな……」



レイジが内心冷や汗をかいていると、敵が次の行動に出た。


白い魔獣が先の攻撃で生じた岩の一つを掴んで投げつけてきたのだ。



「ぐおっ!!」



プロ野球選手の投球のような速度で飛来した岩石をまともに食らい、レイジは転がりながら吹っ飛ばされる。

そこへチェーンソーの追撃がかかる。

辛くも避けるが、大きな武器は2度、3度と軽々と振り回される。




「頑張れー!!」

「負けるな―!!」

「あんたたちに1000マネー賭けてんのよー!!根性見せなさいよ!!」


客席から応援?の声が上がる。








「レイジさん!」


レイジの援護に向かおうとしたサヤに白い魔獣が腕を伸ばす。







「意外と息が合ってるなこいつら……だったらこいつでどうだ!!」


そう言ってレイジは氷壁の迷宮で思わぬハプニングの末に手に入れたイクシア……閃光弾を放つ。


刹那、太陽のごとく眩い光が闘技場を照らした。


ホッケーマスクの方は咄嗟に得物で目をガードして逃れたようだが、相方の白い魔獣は両目を手で覆って狼狽しだした。


効きこそしなかったが、一瞬チェーンソーの攻撃が止んだこともレイジに有利に作用した。



刀を構え、無防備になっている敵の下へ駆け出す。

彼を追いかけようとした魔獣のチェーンソーに風刃が命中する。


「あなたの相手は私です!かかって来なさい!」



サヤの挑発に乗った魔獣がうなりと共に武器を振り回すが、ひらりひらりとまるで木の葉を相手にしているように避けられる。


追手がサヤに気を取られている間に、今だ視界が戻らないターゲットに一気に接近する。




「虚空閃!!」






炎の魔石とパワーベルトで強化された虚空閃がしゃにむに振り回された腕ごとグロテスクな魔獣を一刀両断にした。

息絶えた魔獣は透明な体液と臓物をぶちまけながら、それきり動かなくなった。
見た瞬間から斬撃が効きそうだと思ったが、その読みは当たったようだ。



それを見た観客席から歓声が上がった。



「これで残りは一体!!」










相変わらずチェーンソーを振り回しているが、風の魔石と風妖精のアンクレットで敏捷を上げたサヤにそんな遅い攻撃は当たらない。
それどころか、少しずつ拳を入れられ僅かずつではあるがダメージが蓄積していた。





それを見たレイジは少しその場にとどまり、イクシアを2つ発動させる。





「……よし!」








攻撃の準備を整えたレイジは相変わらずサヤとじゃれている魔獣に肉薄する。
こちらに気づいた魔獣がこちらを振り向き、チェーンソーを振り下ろすが、それ掻い潜って敵の懐に潜り込む。




炎の刃が2度、閃いた。




先日取得した疾風迅雷で行動回数を増やし、天の構えで更に威力を増幅した炎刃斬で腹部に十字架を刻まれた敵は雄叫びと共に仰向けに倒れ―――






そうになる所を踏みとどまりかけたのだがそうは問屋が卸さなかった。




ホッケーマスクの奥の目は拳を構えて迫ってくる銀髪の女の姿をはっきりと映していたのだから。




直後、破天荒でホッケーマスクが砕け散り、顔面が陥没した魔獣は今度こそ地響きを伴なって倒れ、二度と起き上がる事は無かった。




「やりましたね」

「なぁに。連携で俺とサヤに勝てるわけがないんだよ」





やや遅れて歓声が轟いた。
2人ははにかみながら手を振って客席にアピールした。



















その日の夜、蓮部探偵事務所。


「全く。休めって言ったのに結局戦って帰って来るとは……」

「まあまあ。結構いいものを手に入れてきたからさ」


言いながらレイジは本日の戦利品を取り出して見せる。



「カウンターリングって言って、物理攻撃を跳ね返す力があるそうだ」

「そりゃ大した代物だな」

「……にしても、どうしたんだよこのご馳走は?」



風の渓谷から帰還した時の宴会以上のご馳走が並べられていた。



「明日は大変な場所へ行くんでしょ?だから精をつけてもらおうと頑張ったんだ」

とレミが更なる料理を乗せた大皿を運びながら言った。


「幸い各地の魔獣共が落としてくれた魔結晶のお陰で資金はあったしな。今日は少し奮発したんだ」

「戦えない私にはこんな事しか出来ないから……クウヤさん、お金を出して下さってありがとうございました」


レミはクウヤに深く頭を下げた。


「気にすんなって」

「ねえレミちゃん、お酒は無いの?」

「明日出かけるのに二日酔いになってどうするんだよ」


5人の笑い声が事務所に温かく響いた。






その日はレミの料理に舌鼓を打ち、明日の出発に備え床に就く事となった―――































筈だった。




「サヤ。これは雑貨屋ヒナギクで買って来たんだけど……」

サヤの部屋。
レイジが取り出したそのパッケージには昼間に公園で見かけたカップルが持っていたのと同じ棒状のチョコ菓子が描かれていた。

「もしかして闘技場へ行く時に一旦別れたのって……」

「そういうこと。よかったら今やってみないか?」

「……じゃあ、1回だけ……」



サヤの同意を得たレイジはパッケージを開き、銀色の袋を破り、中身を一本取りだす。

そして端を自分が咥え、反対側をサヤに差し出し同じようにするよう促す。






サヤが反対側を口にするのを確認してから、レイジはおらないように慎重に噛み進めていく。






カリ……カリ……カリ……カリ……







静寂に包まれた部屋にチョコ菓子をかじる音が響く。







奇跡的に1回でうまくいき、目的地……サヤの唇へと迫る。








そして……







2人の唇が重なり、互いの口内に甘い味が広がる。








(サヤの唇……ほんと柔らかくて気持ちいいよなぁ……)








「これいいですね……普通のキスよりも甘くて……」

「そりゃあチョコだからな。甘くて当たり前だろう」

「……絶望の街から帰ったらもう一度したいです」

「そうだな。じゃあこれは冷蔵庫にでもしまっておくよ……」













翌日、レイジ達は目的地へと到着した。





「ここが……絶望の街……」



辺りを見渡すと白い霧が漂い、枯れ木が何本も生えていた。
他にも地面に開いた大穴、正体不明の液体による水たまり。

街と言うからには昔は建物がいくつもあったのだろうが視界内には1つしか映らず、後は瓦礫が転がっているばかりであった。


滅びてからそれなりの歳月が流れている筈なのによほどこの土地に強くこびりついているのか、レイジにも覚えがある『死の臭い』が周囲から漂っていた。




かつてレイジが住んでいた街の現状がマシにさえ思えるほどであった。


「そこっ!!」


瓦礫の陰から霧に溶け込むほどに白い脳味噌に足が生えたような魔獣が数匹飛び出すのと、買ったばかりのタウルスPT92による銃撃が彼らを捉え後方へ吹っ飛ばすのはほぼ同時であった。



「……歓迎会の準備は万端って感じね」

「受けて立とうじゃないか」

レイジが抜刀し、臨戦態勢をとる。

「くれぐれも白き絶望には気をつけろよ」

「気を付けて何とかなる相手ならいいけどな」