ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:懺悔

ノベルのイクシア
本編シリーズ
懺悔
掲載日:2020/02/03
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
百人は軽く入れそうな巨大な教会の裏手。

そこには確かにアリスの言った通り洞窟があった。







「綺麗……」



その光景を目にしたカレンが思わずそう漏らすのも無理はない。
黒っぽい岩で構成された上層とは異なり、白い洞窟であった。


まるで、辺りを静かに流れる清水によって悪しき汚れを清めたような……そんな印象を受けた。






「……確かにパッと見は綺麗だが、実情はそういいものでもなさそうだぞ」

















クウヤの発言を待っていたかのように頭部に赤いしゃれこうべを2つ付けた羽虫の魔獣が群れを成して飛んできた。



「骸骨の類には打撃以外はあまり効果はないぞ」

「なら私に任せてください!」



言葉とともにサヤが跳躍し、先頭の一匹に真上から拳を食らわせて地面へ叩き落す。


間髪入れず灰神楽で群れの中を高速で駆け回る。
彼女の攻撃でせり出した岩や岩壁に叩きつけられ、羽虫は次々と動かなくなっていく。


その一方で群れに混ざっていた頭だけの亡霊が小規模な爆発によって次々に霧散する。

他の銃撃のイクシアと違い、ブラストショットは無属性であるが故に大抵の相手に一定の効果をもたらす。
それがたとえ物理の通じにくい霊体だとしてもだ。



空中から白い炎を投げつける黒くブヨブヨした体の魔獣に、お返しとばかりにクウヤが炎のイクシアを浴びせて火達磨にする。


「脂がのってるからか、よく燃えるぜ」



クウヤが言い終えると炎上した魔獣が盛大な飛沫と音を立てて水へ落下し、二度と動かなくなる。





「あらかた片付いたかしら?」


「……いや、まだだ」



腰にした刀に手をかけ、険しい表情でサヤの方を向く。



「虚空閃!!」



レイジの抜刀によって生じた斬撃の渦がサヤの背後の岩陰から出現した気色悪い白い蟲の巨体に大きな裂け目を与えた。
辺りに吐き気を催すような匂いの黄色い体液が辺りに撒き散らされた。



「うぅっ!!」


あまりの匂いにサヤが右手で口元を覆いながらその場を飛び退る。
緩慢な動きでなおも触手を伸ばそうとしたところへ、クウヤとカレンの銃撃による追撃がかかる。


そしてレイジがもう一度虚空閃を繰り出し、死出の旅に送り出す。





「ありがとうございました、レイジさん」

「気にするなって」



「ちょっと。あそこに道があるわよ」


カレンの言う方を見てみると岩などで分かりにくくはなっているが、確かに道があった。



「魔石があるかもしれない。行ってみよう」











細い道を進んだ先の部屋に入ったレイジ達は目を疑った。


十字架のようになった足場で一体の獣が後ろの宝箱を守るように佇んでいた。


黒い縞模様の入った白い体……その容貌は西方を守護するとされる神獣・白虎そのものであった。



大きさも感じ取れる力も白き絶望にこそ遠く及ばないとはいえ、今のレイジ達で勝てる相手でない事は容易に察しがついた。


レイジの頬を冷や汗が伝った。


だが白虎はレイジ達を鋭い視線で睨みつけるだけで、その場から動く気配は微塵もなかった。
他の魔獣たちに感じたような禍々しさもない。



「……どうやら襲ってくる気はないようだな」


「あれに魔石が入っているかもしれないけど、素直に撤退した方がよさそうね」


「同感です」



念のため追撃を警戒しつつ、武器を構えながら後退し部屋を後にした。









「ふうーっ、まさか白虎に出くわすなんてな……」


無事に部屋を出たところで、レイジが息を吐きながら言う。


「ホントにね。白き絶望以外にあんなのもいるなんて聞いてないわよ……ってサヤ、どうしたの?」

横で何やら考え込んでいる様子のサヤに、カレンが問う。


「白虎を見てから、何か頭に引っかかっているような感じがして……」

「今は深く考えなくてもいいんじゃないか?その内思い出すかもしれないし」

「そうですね……」








白虎のいた場所とは正反対の所にあった梯子を下りた先に、無数の人骨が散らばる一室があった。

その奥の台座には新月の夜のように黒く輝く魔石が安置されていた。




「これで5つ目か……」


レイジが魔石に手を伸ばそうとすると足元からカタカタと音がした。
足元を見ると、白骨が微かに振動していた。


地震かと思った次の瞬間、磁石に吸い寄せられた砂鉄のように骨が3か所に集まり、3体の魔獣を作り上げた。


中央の一帯は5メートルはあろうという巨体で、複数の頭骨を溶かして混ぜたような醜悪な外見をしていた。

その横では2体の骸骨が忠臣のように控えていた。



「これは……!」


レイジ達3人が動揺している中、サヤが地面を殴りつける。
すると地面が瞬時に隆起し、撞木のように魔獣どもを打ち据えた。


芙蓉峰。
強烈な拳圧で地面を噴出させることで多数の敵を攻撃するイクシアだ。




我に返ったレイジが攻撃しようとすると、先の攻撃であちこちにひびの入った骸骨が飛びついてきた。

抱き着かれて、必死に引き剥がそうとすると急に全身の力が抜けていくような感覚に見舞われた。

そしてレイジの脱力感に比例するように、たった今サヤの攻撃で受けたばかりの傷が癒えていった。



自身の生命力を吸い取っていると悟ったレイジは魔獣を蹴飛ばし、跳躍した。

そして重力を纏った得物をよろけた敵の脳天に叩きつけて真っ二つに割った。


彼が重撃斬と名付けたそのイクシアは斬撃と打撃を兼ね備えたもので、骸骨にも十分な威力を発揮するものであった。



「人の体力を勝手に奪うな……!!」



レイジが悪態をつきつつ仲間の方へ眼をやると、ちょうどもう1体の骸骨をサヤの拳で耐性を崩されたところへ巨石が落ちて粉砕するところであった。






その時、セキトが繰り出したのと同じ激しい光が部屋を包んだ。
幸い3人は目を瞑って回避したが、一人間に合わなかった者がいた。



「サヤ!大丈夫か!?」

「すみません……食らってしまいました」


左手で目を押さえながら言う。



「サヤはしばらく後方にいろ。こいつの相手は……」

「私達2人で十分よ!」



カレンが離れたところへ駆けながらブラストショットを浴びせ、敵の注意を引き付ける。


怒った魔獣が闇のイクシアを放つが、横から放たれたクウヤの雷イクシアによって相殺される。


「お前ら自身には効きにくくても、こういう事は出来るんだよ」



その隙にレイジは傷薬で自身の体力を癒し、サヤはキュアで視界を取り戻す。





「さぁて。利息を付けて借りを返すか」

「ですね」






サヤの言葉が終わると同時に、二人は走り出した。
そのまま白く巨大な背中を駆けのぼり、肩まで登ったところで飛び上がる。




「霊峰!!」

「重撃斬!!」




後頭部に同時に二つのイクシアが決まり、そこから魔獣の全身に瞬く間にヒビが広がる。

そして白い巨体は砕け散り、その破片が粉雪のように部屋中に散った。




「いきなり襲われたからヒヤリとしたが、なんとか勝ったな」

クウヤが額の汗を拭いながら呟く。


「にひひっ、見事な共同作業だったわよ二人とも」

カレンがサヤの肩に手をを置きながら言った。



「カレンさん、こんなところで茶化さないでください」

「共同作業ならケーキのほうが……」

「もう!レイジさん!」



サヤが顔を赤くすると、魔獣の蔓延る洞窟におよそ相応しくない暖かい笑い声が響いた。









改めて闇の魔石を回収すると、右奥に小ぶりなオベリスクに挟まれた台座があるのが目に入った。
その上で何かがキラリと光った。


「何かしら、これ?」


カレンがそれを指で摘まんでみせる。


「それは……進化の核です!!」

「ええっ!!?」



自身の手にしたものが想定外の貴重品だとわかり、カレンが驚きの声を上げる。



「魔石と一緒に安置されてたのかもしれないな」

「行き掛けの駄賃ってやつだ。持って行こう」

「オーケー」


カレンが思わぬ戦利品を懐に収めるのと同時に、洞窟に靴音が響いた。





「先を越されていましたか」


次いで女性の物と思しき声がこだまする。


「誰だっ!!?」



刀を構えながらレイジが振り返ると、そこに見知らぬ人影が立っていた。

黒いロングヘアに血のように赤い瞳。
年の頃は20代後半くらいだろうか。

右手には鞘に入った刀を握っており、尋常ならざる気配を放っていた。



「エミニオンの四天王かしら?」

「いや違う……」

カレンの推測を、クウヤが即座に否定する。



「そいつはエミニオンの総帥・セツナだ!!」


総帥。
その一言に、レイジ達3人に戦慄が走った。



ここまでの戦いで消耗したこの状況で、キサラやセキトを上回るに違いない敵と戦わねばならないのであれば当然のことだった。





「その通り。私こそがエミニオンの総帥セツナ。あなたたちが集めた魔石をこの場で全て渡してもらいましょう」


「そう簡単に渡すとでも……」



レイジが言い終える前に彼の視線の先でエミニオンの兵士と思しき2人の男が間に小さな人影を挟んで入ってきた。
その人物を見た瞬間、レイジ達は凍り付いた。

























『彼女』はこの場にいない筈の……いや、いてはならない人間であった。























「レミッ!!」


無意識にレイジが叫ぶ。



黒いツインテール、『お気に入りだ』という理由でいつも着ている水色の服。
肉親であるレイジには見間違えよう筈のない、アークシティの蓮部探偵事務所で待っているはずのレミそのひとであった。





「ご覧の通りです」




セツナがいつの間にか抜いていた刀の刃先をレミの細い喉に突き付ける。
少しでも彼女が力を込めればそこから紅蓮の花が咲くことは自明の理であった。

レミは今にも泣きそうな顔で震えていた。




「卑怯よ!!」

「なんとでも言いなさい。魔石の為ならば手段は選びません」

カレンの罵声に冷ややかに返すセツナ。




「レイジさん……」

「レイジ……」



素直に渡さなければ確実にレミは殺される。
そうサヤとクウヤが視線で訴えかけていた。

彼としてもたった一人の可愛い妹を見殺しにする気など毛頭ないので、彼女を案じてくれた二人に内心感謝しつつ刀を足元に置き、魔石を持って進み出る。

得物を置いたのは『小細工はない』という意思表示のためだ。




「……持っていけ」


ぶっきらぼうな声と共にたった今手にしたばかりの闇の魔石を含めた5つの魔石をセツナに渡し、彼は後退した。



「……確かに本物の魔石ですね」

それぞれ異なる輝きを放つ5つの魔石をしげしげと眺めていたセツナが言う。





「さあ約束だ!レミを放せ!」






「蕩けそうなほどに甘いですね……まあ、約束は守りましょう」


総帥の言葉を聞いた部下がレミの拘束を解く。

その瞬間、彼女は一直線にレイジのもとへ走り出し、その胸に飛び込んだ。


「大丈夫か!?」

「うん……」


レイジは妹の体を左腕で優しく抱きしめ、右手で頭を撫でてやった。








「さて魔石が集まった今、用済みのあなた達にはここで死んでもらいましょう」


「何!!?」


「約束通り彼女は解放しましたよ?これはそのおまけと思ってください」




抵抗も回避する隙も与えられぬまま、各々の叫びさえも飲み込む大爆発がレイジ達を包んだ。



爆発が収まった後にはボロボロに傷付き、倒れ伏した5人がいるだけであった。




その光景を見てセツナがほくそ笑むと、目の前でスーツに身を包んだ男が立ち上がった。



























「……ミナという女性を覚えているか?」



その男は彼女をじっと見据えて問いかけてきた。





「誰ですか?そんな人間知りません」



セツナが真顔で答える。



「そうか……」



その答えを想定していたように彼―――クウヤが呟く。








「……魔石を集めてお前の計画を阻止するつもりだったが、こうなったらここでお前を倒してカタをつけてやるよ」





この状況で気が触れたとしか思えないその言葉を聞いた瞬間、セツナの嘲笑が高らかに響き渡った。




「これほどの実力差を見せられて……そんな事が出来るのならば、やってみなさい!!」






































僅かな沈黙を挟みクウヤが口を開いた。



「……なら教えてやるよ。ミナとは誰か、そしてこれからどうやっておまえを倒すかを……な!!」






次の瞬間、セツナ達は驚愕に目を剥いた。