ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:最後の四天王

ノベルのイクシア
本編シリーズ
最後の四天王
掲載日:2020/06/18
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
レミの放った無数の氷の槍が白い虫のような魔獣達を串刺しにする。
その槍の襲来に耐えきった彼らの大将格と思しき大型の魔獣はレイジが一刀両断にしてトドメを刺す。



エミニオン本部の1階エントランス。
そこは今まさに、レイジ達と本部の外から入ってきた魔獣、本部内に控えていた魔獣と兵士が入り乱れる大乱戦となっていた。




8本の足を持つ白馬の魔獣にまたがる騎兵が助走をつけて襲って来る。

それに気づいたカレンは誘導電磁砲を放って、騎兵を黒焦げにする。

金色の人型の魔獣が雷のイクシアを放てば、サヤがそれに鎌鼬で対抗する。

ハンマーを持った単眼の黒い肌の巨人が突進してきたが、レイジが双頭刃で両足の腱を巧みに切断し、地に伏し無力化したところで首を刎ねる。



「んっとに、次から次へと……!!」


新手の騎兵に帯電ブーメランを投げつつカレンが心底憎々しげにぼやく。


「危ないっ!」


サヤが手近にいた魔導士のような風体の男をカレンの方へ蹴とばした。

刹那、背中に砲台を携えた恐竜の放った砲撃が空中の男に着弾し、彼は木っ端微塵に砕け散った。


「サンキュー、サヤ!」


お礼を言いながら、続いて飛びかかって来た赤い髪の女性のような魔獣達に拡散撃ちを放ち、後方へ吹っ飛ばす。



先の恐竜が咆哮をあげつつ巨体にものを言わせて突っ込んできた。


「お前はこれでも食らっとけ!!」


すかさず誘導電磁砲を放つレイジ。

それを食らった恐竜は感電し、周囲の兵などを巻き添えにして倒れこむ。

それとほぼ同時に火炎放射を構えた兵士は頭に氷の槍が突き立てられ、紅い花を咲かせてこの世を去る。

その光景を見たレイジは、すかさずレミに声をかける。


「大丈夫か!?」

「うん!」



確認している範囲では人間を殺したのは今回が初めての筈だ。
動揺しているのではないかと声を気遣ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。


我が妹ながらすっかり頼もしくなった。




そんな感傷に浸る間も許さず、数人の敵兵がガトリングを撃ち込んできた。

超越者の強靭な肉体にとっては大した痛手にはならなかったが、そこへ巨大な前足が降って来た。
辛うじて回避したが、女性の上半身を持つ巨獣は尾による追撃を放ち、レイジを毬のように吹っ飛ばす。


「レイジさん!」

その様を見たサヤが駆け寄ろうとしたが、鋼の巨人の剛腕が唸りを上げて行く手を阻む。


敵も敵なりに連携を意識しているらしい。

本部に配置されているだけあってより調教が行き届いているのか、研究所の時のように兵士に食らいつく様子は無かった。




吹っ飛ばされたレイジは地に伏していたが、起き上がりざまに近くにいた敵兵を胴斬りにする。

それだけでなく、突進してきていた騎兵の槍も刀で受け流してみせた。

何体もの敵を相手にうまく立ち回っているレイジではあったが、それにしても敵の数が多い。




あと何百体葬ればいいのか?

その疑問を4人全員が抱いていた。






「そこまでよ」





その問いには不意に発せられた声が答える事となった。

階上から発せられたその声にその場の全員が動きを止める。


見上げればそこには絶望の街で……そして封魔の遺跡でも現れたのと同じ姿があった。




エミニオン四天王、最後の一人となったアリスである。





「これ以上の手出しは無用よ」




その一言で魔獣達も敵兵士も、全員がレイジ達から距離を取り始めた。
力を失ったとはいえ、魔王のなせる業というべきか。



「……呪いの詩を解いたようね。正直、驚いたわ」


そう言う彼女の表情は今までの飄々した様子のない、真剣なものであった。

レイジ達をただの遊び道具ではなく、『敵』として認識したという事だろう。



「リナさんの身体から出て行ってください!そうしなければ力ずくでも貴方を祓うことになります!」

拳を構えながらサヤが言う。

「ふふっ……できるものなら試してみなさい」

再び余裕の笑みを浮かべたアリスの前に、時計の文字盤のようなものが出現した。



「なんだそれは……」


「この後お茶会をする予定なの。だから急いでこの勝負を終わらせないといけないの」


「……っ!ふざけないで!!」




カレンが銃を撃とうとしたがそれより早く、アリスの手からハートのエースが投げられる。
カードはレイジ達の傍まで回転しながら飛ぶと巨大な火柱となり、その身を焼き焦がした。



「それで終わり……ってわけじゃないでしょう?」



続いてクラブのエースが先ほどのように飛んだ。


(速いっ!!)


稲妻が4人を包む寸前にサヤがどうにかヒールライトを発動させ、ダメージをほぼ差し引きゼロにする。



次の瞬間レミの放った氷の矢が風を切ってアリスの顔面へと迫るが、涼しい顔で避けられる。


そこへ無数の弾丸が殺到する。
敵の攻撃を回避した直後にこそ隙が生まれるはずとカレンが放ったフルバーストだ。


だがアリスはその美しい金髪をなびかせながら軽やかなステップで全弾回避する。



「中々の早業ね。でも『白ウサギの懐中時計』を使用している今の私には止まっているのと変わらないわ」

「くっ……!」

「……これならどうだ!!」



レイジが千刃斬を―――広範囲を切り刻むイクシアを放つ。




数多の斬撃が部屋内全てを切り裂くように荒れ狂う。

それさえも何事もないように避けて見せるが斬撃が終わった瞬間、ふと見ると服の右肩の部分が僅かに切れ、赤い筋を刻まれていた。


「……へぇ」



それを見たアリスは口元を歪める。



「まぐれでも今の私に攻撃を当てたこと……褒めてあげるわ」


傷付いた4人を悠々と眺めながらそんな言葉を言い放ち、今度はスペードのエースを投げる。







竜巻がエントランスを吹き荒れ、4人の体を宙へカチ上げ、直後叩き落した。








強い……!!


地に伏しながらレイジが力量差を痛感した。


(他の3人とは格が違う……せっかくここまで戦い抜いたのに……これまで……なのか……?)




「力を失ったとはいえ、魔王の力……侮ったようね。その代償は高くつくわよ?」








倒れ伏した自分達を見て勝ち誇っている魔王に気づかれぬようレミが懸命にヒールライトを発動させようと意識を集中していた。



「がふっ……!!」




だがその目論見は不意に背中にのしかかった衝撃をもって、あえなくも頓挫する。
アリスが勢いよく彼女の背中を踏みつけたのだ。



「ふふふ、ダメじゃないの。余計なことしちゃ……」


アリスが小さな体をグリグリと踏みにじりながらサディスティックな嘲笑を浮かべる。



「待て……!!」






余興を邪魔する無粋な声の方に目を向けると、もう戦う力など残っていない筈の人間……





今まさに足蹴にしている小娘の兄が地べたから必死に自分を睨みつけていた。




「レミの上から……どきやがれ!」





レイジは全ての闘志を視線に込めて魔王にぶつける。



「そこまで体を傷つけられてなお私を睨むなんてね……」

呆れとも感心ともつかない感情を混ぜてアリスが呟く。


「やるなら俺からにしろ!!」

「お兄……ちゃん……」



超越者になってから、どんな攻撃に晒されようとも泣かなかったレミが一筋の涙を零した。











「あなたのその心の強さに敬意を表して、その願いを叶えてあげるわ……妹思いのお兄さん」



レミを足蹴にしたまま、身体の本来の持ち主である退魔士が習得した闇のイクシアを放つ。



レイジは彼女の右手から生じた闇の奔流を目にし、もはやこれまでと覚悟を決めた。







それでもなお、彼は睨み続けた。
せめて心だけでも最期まで抗い続けるために。











だが次の瞬間、あり得ない事が起きた。


レイジに放たれた闇のイクシアが術者であるアリス自身へと跳ね返ったのだ。


アリス自身にも想定外の出来事、しかも近距離であったために回避が間に合わず金色の瞳の目を剥き、無防備なまま己のイクシアを味わい吹っ飛ぶ羽目になる。



数瞬呆然とするレイジであったが、ふと胸元を見てこの現象の理由に思い当たった。


























時はエミニオン本部に出発する直前に溯る。



「エミニオン本部へ行く前にこれを渡しておく……」


覇堂神社宿舎の一室。
レイジはベッドに横たわる男からツルツルした石を手渡された。
石には小さな穴が開けられており、そこにペンダントのように紐が通されていた。


「これは?」


「鏡石……気休め程度の確率だが、敵の超常イクシアを反射する効果がある貴重な品だ……白銀水晶を探しに行った際、妖の沼地で拾ったものだ……」












何かの役に立つかもしれない。
そう彼に言われて首から下げていたものだったが……




(帰ったらカイにお礼を言わないとな)





ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが……

レイジにはこの場に来る事の出来ないカイがこの石を通じて力を貸してくれたような……そんな気がしてならなかった。


足の拘束から解放されたレミが改めてヒールライトを発動させる。
白い光がレイジ達の体を包み、傷を癒していく。





その瞬間レイジは弾かれた様に目の前の魔王がカイにかけた呪いを両断したイクシアを……神風ノ刃と名付けた最強の一撃を繰り出す。


不意に食らった己自身のイクシアのダメージが彼女の行動を遅らせたためにその一太刀をまともに食らい更なる深手を負う。



「この……!!」


口から赤い血の筋を垂らしながらその怒りをイクシアに込めてぶつけようとする魔王に再びカレンのフルブーストが放たれ、今度はその身体をしっかりと捕らえた。


「……借りはきっちり返させてもらったわよ!!」






「今だ!サヤ!!」

「はい!白銀のイクシアの力で……リナさんの身体から出て行ってもらいます!!」


一連の攻撃の間に傷を全快させたサヤの突き出した両の掌から白銀の煌めきが放たれ、アリスの全身を包み込んだ。


「くああぁぁぁっっ……!!」




美しく神秘的なそのイクシアの中から魔王の苦悶の声が響く。







「ア……アリス様が……やられた!!?」

「冗談じゃない!こんな奴ら俺達がいくら束になったって敵うもんか!!」



周囲で戦いを見守っていたエミニオンの兵が蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、人造魔獣達もそれに続いた。
自分達より遥かに格上の存在が倒されたのを見て、敵わない相手と本能的に悟ったのだろう。





白銀が収まると、アリスはその場で仰向けに倒れていた。

するとその身体から黒い霧のようなものが現れ、直後闇の穴へと消えていった。






「今のは……アリスの本体!?」


「どこかに転移して逃げたようですね」

「すると……こっちは……?」



「うっ……うぅ……」


呻き声をあげつつ、彼女はゆっくりと眼を開いた。

先ほどまで金色であった瞳が海のような青へと変じていた。

それは長い呪縛の解けた証。

瞳以外の部分は先ほどと何も変わってはいなかったがカイと同じく、対魔戦争以来数年ぶりに自由を取り戻した一人の退魔士が確かにそこにいた。



「リナさんでしょうか?」

「大丈夫ですか?」


サヤとレミが駆け寄り、声をかけながら抱き起こしマイティ・ヒールによる回復を施す。



「ええ、そうよ……ごめんなさい、迷惑を掛けたわね」

「良かった。意識が戻ったんだな……!」

「ありがとう……貴方たちのおかげよ」






「……その様子だと、憑依されていたときの記憶があるようね」

「ええそうよ。だから今の状況も把握できてるわ」



言いながら彼女はその右手を豊満な胸の間に入れる。
その大胆な行動に思わずレイジの目がそこへ向き、仲間3人のジト目の視線を浴びる。




「助けてもらっておいて言うのも申し訳ないのだけど……貴方達には急いでセツナの元に向かってほしいの。これで先に進めるはずよ」


そう言って彼女は胸の谷間からカードキーを取り出す。


レイジが差し出されたそれを受け取ろうとしたのを遮って、サヤが手にする。
カードの温もりが彼女の掌に伝わった。


「リナはどうするんだ?」


「一緒に行きたいのはやまやまだけれど……今のままでは足手まといになってしまうわ」


「わかりました。敵もいなくなったみたいですし、ゆっくり休んでいて下さい」


「待って」



リナは身に着けていた宝珠を外し、差し出した。
その中には吸い込まれるかのような闇が広がっていた。


「これは深淵の宝珠。きっと貴方達の助けになるわ」



「ありがとう。必ずセツナを止めて見せるよ」




宝珠を受け取り、レイジ達は走り出す。
全ての元凶の待つ塔の高みへと……









「さてと……貴方達にはたっぷりと電撃を浴びてもらうわ……彼らの邪魔はさせない」




エミニオンの兵や魔獣達は恐れをなして既に逃走しているが、感情そのものが存在しない機械達はレイジ達への攻撃を再開しようと動き出す。



数年ぶりに自由を取り戻したばかりの退魔士はクローバーのカードを手に、逃げずに攻撃指令を遂行しようとする機械の軍団に向き直った。