ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:最後の血戦

ノベルのイクシア
本編シリーズ
最後の血戦
掲載日:2019/06/11
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
「いてて……」

レイジは高い所から落ちるのは生涯で2度目だなと思いながら(クウヤも思っていた)頭をさすりつつ立ち上がった。

「どうやら魔の扉の衝撃波で飛ばされてしまったようね」

「サヤは回避したようだが、急いで駆け付けねば……」

カイの言葉は途中で中断された。
何故ならば、夥しい数の魔獣の群れが目の前に出現したからだ。


「早速出てきたか!」

「急がないといけないのに……」

各々武器を構える6人を右手で静止する人物がいた。

「カイ……?」

「全員で相手をしても無駄に消耗するだけだ。ここは俺が食い止める」

「でも……!!」

「レイジ、サヤを頼むぞ」

「……わかった、死ぬなよ!!」

レイジが扉を開け、城内に入ると他の5人もそれに続いて行った。




眼前の群れを見て思い出すのは先日の覇堂神社での一件。
ほんの数日前の話なのに、何故かひどく懐かしく感じられた。

現状はあの時よりも分が悪いが、逃げる事は許されない。


「ずっとほったらかしだった上にあの時死に損なったんだ。一度くらいは拾った命でそれらしいことをしなければな。兄としての沽券にかかわる」


父上、母上……他ならぬサヤの為に力をお貸しください。


奇しくもこの地で永遠の眠りについた両親へのそんな祈りを胸に、カイは魔狼爪を繰り出した。





その頃、城内のレイジ達の前には2体の魔獣が立ち塞がっていた。

左側にいるのは6本の腕全てに剣を持った魔人。

右側には馬上槍を持った紫色の鎧の騎士。

どちらもただならぬ気配を放っていた。

「急いでるって言うのに……!!」

拳銃を構えながらのカレンの悪態に同意していると、金髪の女性が進み出た。

「ここは私に任せて」

「リナ!でも……」

「姉さん一人じゃ荷が重いでしょ?私も手伝うわ」

レイジの言葉を遮りながら、剣を構えたルナが前に出た。

「……今はその言葉に甘えておこうかしら」

「……無理はするなよ2人とも!」

魔獣の間を素通りしようとしたレイジ達に剣と槍が迫り来る。

だが、それらは寸前で闇と光のイクシアによって防がれた。
2体は獲物を逃した怨みを視線に込めて姉妹にぶつけた。




「……ルナ、付き合わせてごめんなさいね」

「もう負けた気?」

「まさか!私達姉妹の力、あいつらに見せてやりましょう」

「その意気よ。私も師匠仕込みの剣術、存分に振るうから!」








「また……!!」

階段を上った先で今度現れたのは凝り固まった闇のような身体の単眼の魔人と炎を纏った魔人である。

「次は私達の番ってわけね。サヤの事、頼んだわよ」

「俺達はお前を全力でサポートする!行け、レイジ!」

「ああ!!」

最早先程までのような問答は不要とばかりにレイジとレミは走り出した。

魔獣が動き出そうとする前に、カレンのめったやたらの銃撃とクウヤの特大の氷柱が炸裂した。




「レイジ達が来る前、2人でやってた頃を思い出すわね」

「そうだな。カップ麺ばかりの生活と一緒にな」

「これが終わったらまたレミちゃんの料理で打ち上げしましょ!いつかみたいに……ううん、それよりももっと盛大に!」

「いいな!」






「はぁっ……はぁっ……」

息を荒げながらレイジとレミは階段を駆け上がっていた。

正直体の方は限界をとうに超え、悲鳴を上げ続けていた。
超越者でけがの治療をしたとは言えとはいえオグマとの戦闘で心身共に消耗した上に、高所から叩き落され、本日2度目となるこの長い階段(みちのり)を全力疾走しているのだ。

疲れない道理が無い。まだ走れているのが奇跡とも言える。

何か聞こえた気がして振り返ると、またしても魔獣の大軍が背後から迫っていた。

「お兄ちゃん行って!今こそ恩返しをさせて!!」


止める言葉は発しなかった。
正直、レミは単騎で戦うのには向いていない。

だが、それでも彼女の言葉に反論する暇は無かった。

道は1つ。一刻も早くサヤを助け出し引き返す、それだけであった。

この時彼は少しでも早くサヤの下へ辿り着きたいという焦りからか、オグマから取り戻したばかりの風の魔石を無意識的に身に着けていた。



「お兄ちゃんの……邪魔はさせない!!」

無数の氷の鎖が図らずも先程戦ったオグマの触手のように暴れ、魔獣達を絡めとった。








屋上へ辿り着いたレイジが最初に目にしたのは魔の扉を白銀の煌めきで塞ぐサヤの姿であった。

だが、それで限界を迎えたのだろう。彼女は倒れ込んでしまった。


急いで駆け寄ろうとするが、その瞬間異変が起こった。

光が辺りを包み、収まった時にはそこにサヤであってサヤでない人間が立っていたのだ。


顔立ちや長い銀髪こそそのままだが、身に着けているのは母親がしつらえたという服ではなく、胸元に昏い輝きを放つ宝石の付いた黒い服であり、頭にあった黒いヘアバンドは無くなっていた。



「レイジさん、ようやく面と向かって話す事が出来ました」

「……サヤじゃなさそうだな。お前が影法師(ドッペルゲンガー)か?」


レイジは悟った。
幼少の頃、サヤと融合した魔王。
それが今、長き眠りから目覚めサヤの肉体を支配したのだと。


「私を知っているのなら話が早いです。サヤは今中で眠りについていますよ」

「お前の目的は何だ?サヤの身体を乗っ取って、何がしたい?」

「そうですね……さしあたっては、レイジさん……あなたを私のものにする事です」

「俺を!!?」

「サヤの望みは私の望みでもありますからね」

両手を前に出し、抱き合おうとするかのように歩み寄る影法師を前にレイジはバックステップで距離を取りつつ刀を構えた。


「俺が愛を受けるのはサヤだけでいい」

「それが答えというならやむを得ません。少々手荒ですが、私の愛の躾を受けてもらいます」


言うが早いか影法師は右手からサヤのイクシアを……烈風刃を放った。
不意を突かれた攻撃だったので、レイジはまともに食らったが驚くほど痛痒を感じなかった。

「なるほど、風の魔石ですか。ですが風が効かないならば、拳に訴えるだけのことです」

「剣術と武術の勝負か……望むところだ!」







深紅の魔城の入り口。

カイの魔狼爪の前に十数体の魔獣が斃れた。
辺りは既に魔獣の死骸と体液とカイ自身の血液とで汚れ切っていた。


「もう……限界……か」


瞼の裏にただ一人となってしまった肉親の姿を映し出して、カイはうつぶせに倒れた。


(レイジ……せめてサヤだけでも……)






「きゃああああ!」

騎士の槍を食らったルナが悲鳴と共に回転しつつ吹っ飛び、像に叩きつけられる。
リナはすかさず癒しの小瓶を使おうとするが、そこへ六本の剣からなる斬撃の雨が降り注いだ。




闇と火炎がカレンとクウヤを嬲った。

傷つき斃れながらも、一矢報いようと手をかざす二人だったが、魔獣共がいたぶるような追撃を加えた。





「お兄……ちゃん……」

レミが魔獣の群れを前に倒れる。
その目にはうっすらと己の無力への悔恨の涙が浮かんでいた。








「流石にてこずらせてくれましたね。ですが……」

影法師は一度言葉を切り、歓喜に満ちた笑みを浮かべる。

「これでレイジさんは私のものですね」



百花繚乱というイクシアで強化された影法師の戦いは尋常なものではなかった。
風の魔石の恩恵である程度はその動きに追いつく事が出来たものの、ほぼ互角の状況から徐々にレイジが押されていき、ついに刀を杖代わりにして膝をつく運びとなった。



満身創痍ながらもレイジは唯一万全の状態で機能している部位を……頭脳を働かせていた。


もう1撃放つのが限界だ。
だが、まともに戦っても恐らく向こうが笑うだけだろう。

何か、何かないか?
逆転の一手を見つけるべく、レイジは道具袋を漁りだした。


するとその手があるものに触れた。


(これは……いつだったか、サヤと闘技場に出て手に入れた……)

運任せな思いつきだが、どうせ最後の一発勝負だ。使える物は全部使おう。
レイジはなるべく敵に見えないようにそれを身に着け、最後の勝負に出るべく心を決めた。




「さあ、たっぷりと愛し合いましょう。2人きりで……」

蠱惑的な笑みを浮かべながら近づく魔王は途中できょとんとした表情を浮かべる。

「まだ立ち上がるのですか?もう戦う力もないのに」

レイジは立ち上がった。
最後の体力と気力を振り絞って。
愛するサヤと、ここに来るまでに命を賭してくれた6人の仲間達を想起しながら。


「二度も言わせるな……!!俺が愛を受けるのはサヤだけでいい。お前は……お呼びじゃないんだよ!!」

その必死の決意に満ちた顔に霊峰が炸裂した。
口の中が切れ、血の味がした。

しかし、それでも彼は立ち上がる事を止めはしなかった。



「……わかりました。多少後遺症が残るかもしれませんが……覇堂拳術の奥義で、ケリを付けてあげましょう」

影法師が拳を構える。
レイジもまた残り少ない力を込めて、技の構えを取ろうとする。

互いに一発で決めるつもりであった。
それはレイジにとって望ましい状況であった。



「一か八かだ!行くぞ!!」




互いに風のように翔け出し、しかし影法師の方が若干速く技を出した。





「千手観音!!!」

「灰塵ノ刃!!!」





深紅の魔城の屋上で拳と刃の嵐が荒れ狂った。



「う……く……!」

嵐が収まった後、先に膝をついたのはレイジだった。

「そんな……何故……私が……!?」

影法師が驚愕の表情を浮かべていた。

「別に……難しい事じゃない。俺の運と……お前も見覚えがある筈のこいつのお陰だ。俺の右手の指をよく見ろ!」

レイジは影法師に向き直って右の拳を突き出し、そこにはめた『それ』を見せる。





「カウンター……リング……!!」

そう言い残して、影法師はくずおれた。
レイジは己の力と技だけでなく、百花繚乱で強化された魔王自身の力を逆手に取って勝利したのだ。

「サヤの中にいただけあって……忘れては……いなかったようだな……」



サヤの所へたどり着きたい一心で身に着けた風の魔石が奴の風攻撃を防ぎ、サヤと手に入れた思い出の品が最後の決め手となった。

そんな運命めいた結末にふっ、と笑みを浮かべながらレイジは横向きに倒れ込んだ。

「流石に……これが限界か……」

カウンターリングは決して全ての攻撃を返したわけではない。
積み重なったダメージと疲労によって意識が朦朧とし始めた。








「ふふふ……甘いですねレイジさん。確かに今の勝負はあなたの勝ちでした。ですが、私にはこれがあるんですよ……!!」

影法師が勝ち誇った表情を浮かべながら懐に右手を伸ばし、それを取り出した。

「傷薬……この決戦の前にサヤに持たせておいたのがアダになりましたね……」

これを使い回復し、衰弱したレイジをものにする。

だが魔王の描いたシナリオは不意に起こった両腕の硬直によって頓挫する。

「……?」





(レイジさんの必死の頑張り……無駄にはさせません……!!)

自分が弱った事で意識が目覚めたのだろうか?
硬直の原因を理解し、先ほどまでの表情に戻った。

(……しぶといですね。そんな事をしても一時しのぎにしかなりませんよ?)

(もし私に何かあったら、あなたはどうなるんでしょうか?)

サヤの不可解な問いに、影法師は言い知れぬ不快感を覚えた。


(……どういう意味でしょうか?)

(例えば、今のこの状況で白銀のイクシアを使用した場合とか……!!)

その発言に、影法師はいまだかつてない恐怖を感じた。

(待ちなさい!そんな事をすれば……!!)

影法師の必死の静止は白銀の煌めきによってかき消された。

(さようなら……レイジさん……)




その日、深紅の魔城に白銀の雪が降った。

ただ一人の愛するものを救えなかった男の慟哭と共に……