ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:SIDE S
ノベルのイクシア
本編シリーズ
SIDE S
死臭が立ち込める地獄のような廃墟の中、血溜まりに横たわる男性に駆け寄り抱き起こす。
「く……くそっ……エ……エミニオンのや……やつらの……せいで……」
「この街の惨状は魔獣のせいではないのですか?」
「た……頼む……お……俺の……妹を……助け……ごふっ……!!」
僅かに残った命をも絞り出すように、血液と共に吐き出された懇願の言葉。
彼の思いに打たれとっさに実家から持ち出した進化の核を取り出した。
(お願い……!成功してください……!!)
そんな祈りを込めて進化の核を使用すると彼の体を淡い光が包み込んだ。
光が収まると同時に、みるみる傷が塞がっていく。
「いったい……これはどういうことなんだ?」
己の身に起きたことが信じられないといった様子で彼が言う。
「なんとか……適合できたみたいですね……良かった」
安堵の息と共に頬が緩んだ。
「サヤの……パンツを見せてくれないか?」
廃屋の中発せられた、あまりにも常軌を逸した要求。
悪意あっての発言ではないのだろうが、さすがにこんな依頼をされて「はいそうですか」と応じる筈もなく盛大に叫ぶ運びとなった。
この後結局は彼の要求に従った辺り、この時からほんの僅かでも彼に対し好意を抱いていたのかもしれない。
「なら俺も気合を入れて力を貸さないとな」
雲一つ無い星空の下、自分に力を貸すといった彼の姿に行方不明になった兄に酷く似た頼もしさを感じた。
ひょっとしたら彼もこの時には自分を『仲間』ではなく『一人の女性』としてみてくれていたのかもしれない。
「サヤっ!危ないっ!!」
言うが否や私を突き飛ばし、身代わりに魔獣の触手に打ち据えられる彼。
奈落へと吸い込まれる彼の姿を見た時……一瞬だけ世界の全てが壊れるような絶望感に苛まれた。
「レイジさんっ!!目を開けてくださいっ!!レイジさんっ!!」
ロープで崖下へ降り、真っ先に彼に駆け寄って必死に呼びかけた。
彼が意識を取り戻してくれた時は我を忘れて飛び着き、その無事を心から喜んだ。
今思えば、親に会った迷子の子供のようで少し気恥しい。
頭を撫でてくれた手の感触が、ひどく心地よかった。
「それじゃあみんなグラスを持って……記念すべき魔石回収の成功を祝って……カンパーイ!!!」
ベレー帽を被った陽気な仲間が乾杯の音頭を取る。
探偵事務所へ帰った後は盛大な宴会を開いた。
思えばこんな風に大勢で騒いだりすることは無かった。
実家で誕生日を祝われたことくらいはあるが、質素で厳かなものであった。
サングラスをかけた彼の姿がとても新鮮であった。
「サヤ、君が好きだ。愛している」
星空の下、飾らぬ言葉で自身への想いを告白してくれた。
天にも昇るような心地と言うのはあの時のような状況にこそ使うべき言葉だろう。
「いつの間にか……私の中でレイジさんが大切な人になっていたのかもしれません」
だからこそ……
「私も、レイジさんのこと……好き……ですよ……愛して……います」
自分も飾ることなく思いを告げた。
しばしじっと見つめ合い唇を捧げ、その後には自分の『初めて』も……
「二人とも、自業自得ですよ!!」
雪景色の中に怒声が響く。
風の渓谷同様必死に心配して下りてみれば、他の女性と事に及んでいたのだ。
自分も同意したとはいえ生命の危険のある状況下で楽しみ、その挙句に風邪をひいていたのだから、呆れと怒りがこみ上げるのも無理はない。
あの時は怒って当然だと思っていたし、今もそれが間違っていたとは思っていない。
……ただ、今では少し大人げなかったと思わないでもない。
「この戦いが終わったら、サヤと二人で暮らしたいんだ。将来……俺と結婚してくれ……!!」
幼い頃の思い出の場所で彼から指輪を渡され、プロポーズを受けた。
将来のことなど何一つ考えてこなかった……愛する人が出来ただけでも嬉しい自分にそんな言葉をかけてくれた……
涙で視界が歪み、胸がかつてない幸福感で満たされた。
「なんだか……ワイシャツ姿のサヤも新鮮だな……」
ワイシャツに着替え、彼に跨る形で愛し合った
彼と交わったことはこれが初めてではないが、私にとってあの時の交わりは特別なものであった。
きっと……彼にとっても……
「これで……よし、と」
彼が眠った後、起こさないよう手紙を書きそれを隠したところ。
プロポーズを受けた後に別れの手紙をしたためるなんて、我ながらおかしな話である。
手紙のことはちゃんと彼には伝えた筈だが、彼はちゃんと遺言に従ってくれているだろうか
あの手紙に記した事に嘘は一つもない。
……だけど、ほんの少しだけ……遺言に従わないでほしいと思ってしまった自分に気づいてしまった。
「う……ん……あれ……?」
自分が生を受けたのとは異なる世界で、ゆっくりと目を開く。
(そうか……私は……)
愛した男を救うため、捨て身の覚悟で白銀のイクシアを使いこの世界に飛ばされたのだ。
上も下も、右も左も、前も後ろも白 白 白……
白峰山以上に白で埋め尽くされたこの世界へ……
今がいつなのか、今いるのがどこなのか……
さっきまで元の世界へ戻ろうと何の当てもなく、ただひたすらに歩み続けていた……と思う。
それくらいこの世界では時間の感覚が曖昧なのだ。
だが行けども行けども何一つ代わり映えしない白一色。
疲労が限界に達したのが先か、白銀色の絶望に心が折れたのが先か……覚えていない。
(今のが……走馬灯というものでしょうか?素晴らしいものですね……)
こんな状況の中にいるというのに、彼女の口が少し緩んだ。
少々気恥ずかしくなるような場面があった気もするが、彼女は十二分に満足していた。
せめて最後にもう一度だけ見たいと願った顔を存分に見られたのだから……
(これで……思い残すことは……)
そう思って再び目を瞑ろうとした時であった。
彼女の視界にそれまで嫌になるほど見た白とは明らかに異なる一筋の温かい輝きが映ったのは。
(あれは……もしかして……!!)
そこから先の行動はほぼ無意識の内に行われた。
それまでの疲労も忘れたように立ち上がり、銀髪を振り乱しながら一心不乱にその光目掛けて全力で走り出した。
白が目に入った。
しかし皮膚が感じた冷たさから、それが雪であることに気づくと彼女は辺りを見回した。
闇夜と雪景色の中、唯一赤く染まった場所の中心に横たわる……見間違えようもないその姿。
白以外本当に何も無かったあの世界で、彼女が唯一心から渇望したもの。
急いで駆け寄り頭を膝枕に乗せ、ヒールをかける。
白く優しい光が彼の全身を包み込み、傷が塞がっていく。
間も無く彼の閉じた瞼がゆっくりと開き、自身の姿を捉えた2つの瞳が丸くなった。
驚愕……と言うよりは、当惑と言った方が適切だろうか。
「……俺は夢を見ているのか?」
現状への実感の伴わない、呆けた声であった。
無理もない。自分だって逆の立場であればすぐには状況が飲み込めないだろう。
彼女はその問いに首を横に振って答えた後、彼にじっくりと優しく丁寧にこれまでの経緯を説明した。
全てに得心がいった彼の双眸から、小さな小さな川が流れた。
「おかえり……サヤ……」
その瞬間、プロポーズされたあの日と同じ……いやそれ以上に視界が歪んだ。
「レイジさん……ただいまです」
サヤは言葉と共に背を曲げてレイジに顔を近づけた。
降りしきる雪の中、世界を越えて再会した二人はそっと口づけを交わした。
「く……くそっ……エ……エミニオンのや……やつらの……せいで……」
「この街の惨状は魔獣のせいではないのですか?」
「た……頼む……お……俺の……妹を……助け……ごふっ……!!」
僅かに残った命をも絞り出すように、血液と共に吐き出された懇願の言葉。
彼の思いに打たれとっさに実家から持ち出した進化の核を取り出した。
(お願い……!成功してください……!!)
そんな祈りを込めて進化の核を使用すると彼の体を淡い光が包み込んだ。
光が収まると同時に、みるみる傷が塞がっていく。
「いったい……これはどういうことなんだ?」
己の身に起きたことが信じられないといった様子で彼が言う。
「なんとか……適合できたみたいですね……良かった」
安堵の息と共に頬が緩んだ。
「サヤの……パンツを見せてくれないか?」
廃屋の中発せられた、あまりにも常軌を逸した要求。
悪意あっての発言ではないのだろうが、さすがにこんな依頼をされて「はいそうですか」と応じる筈もなく盛大に叫ぶ運びとなった。
この後結局は彼の要求に従った辺り、この時からほんの僅かでも彼に対し好意を抱いていたのかもしれない。
「なら俺も気合を入れて力を貸さないとな」
雲一つ無い星空の下、自分に力を貸すといった彼の姿に行方不明になった兄に酷く似た頼もしさを感じた。
ひょっとしたら彼もこの時には自分を『仲間』ではなく『一人の女性』としてみてくれていたのかもしれない。
「サヤっ!危ないっ!!」
言うが否や私を突き飛ばし、身代わりに魔獣の触手に打ち据えられる彼。
奈落へと吸い込まれる彼の姿を見た時……一瞬だけ世界の全てが壊れるような絶望感に苛まれた。
「レイジさんっ!!目を開けてくださいっ!!レイジさんっ!!」
ロープで崖下へ降り、真っ先に彼に駆け寄って必死に呼びかけた。
彼が意識を取り戻してくれた時は我を忘れて飛び着き、その無事を心から喜んだ。
今思えば、親に会った迷子の子供のようで少し気恥しい。
頭を撫でてくれた手の感触が、ひどく心地よかった。
「それじゃあみんなグラスを持って……記念すべき魔石回収の成功を祝って……カンパーイ!!!」
ベレー帽を被った陽気な仲間が乾杯の音頭を取る。
探偵事務所へ帰った後は盛大な宴会を開いた。
思えばこんな風に大勢で騒いだりすることは無かった。
実家で誕生日を祝われたことくらいはあるが、質素で厳かなものであった。
サングラスをかけた彼の姿がとても新鮮であった。
「サヤ、君が好きだ。愛している」
星空の下、飾らぬ言葉で自身への想いを告白してくれた。
天にも昇るような心地と言うのはあの時のような状況にこそ使うべき言葉だろう。
「いつの間にか……私の中でレイジさんが大切な人になっていたのかもしれません」
だからこそ……
「私も、レイジさんのこと……好き……ですよ……愛して……います」
自分も飾ることなく思いを告げた。
しばしじっと見つめ合い唇を捧げ、その後には自分の『初めて』も……
「二人とも、自業自得ですよ!!」
雪景色の中に怒声が響く。
風の渓谷同様必死に心配して下りてみれば、他の女性と事に及んでいたのだ。
自分も同意したとはいえ生命の危険のある状況下で楽しみ、その挙句に風邪をひいていたのだから、呆れと怒りがこみ上げるのも無理はない。
あの時は怒って当然だと思っていたし、今もそれが間違っていたとは思っていない。
……ただ、今では少し大人げなかったと思わないでもない。
「この戦いが終わったら、サヤと二人で暮らしたいんだ。将来……俺と結婚してくれ……!!」
幼い頃の思い出の場所で彼から指輪を渡され、プロポーズを受けた。
将来のことなど何一つ考えてこなかった……愛する人が出来ただけでも嬉しい自分にそんな言葉をかけてくれた……
涙で視界が歪み、胸がかつてない幸福感で満たされた。
「なんだか……ワイシャツ姿のサヤも新鮮だな……」
ワイシャツに着替え、彼に跨る形で愛し合った
彼と交わったことはこれが初めてではないが、私にとってあの時の交わりは特別なものであった。
きっと……彼にとっても……
「これで……よし、と」
彼が眠った後、起こさないよう手紙を書きそれを隠したところ。
プロポーズを受けた後に別れの手紙をしたためるなんて、我ながらおかしな話である。
手紙のことはちゃんと彼には伝えた筈だが、彼はちゃんと遺言に従ってくれているだろうか
あの手紙に記した事に嘘は一つもない。
……だけど、ほんの少しだけ……遺言に従わないでほしいと思ってしまった自分に気づいてしまった。
「う……ん……あれ……?」
自分が生を受けたのとは異なる世界で、ゆっくりと目を開く。
(そうか……私は……)
愛した男を救うため、捨て身の覚悟で白銀のイクシアを使いこの世界に飛ばされたのだ。
上も下も、右も左も、前も後ろも白 白 白……
白峰山以上に白で埋め尽くされたこの世界へ……
今がいつなのか、今いるのがどこなのか……
さっきまで元の世界へ戻ろうと何の当てもなく、ただひたすらに歩み続けていた……と思う。
それくらいこの世界では時間の感覚が曖昧なのだ。
だが行けども行けども何一つ代わり映えしない白一色。
疲労が限界に達したのが先か、白銀色の絶望に心が折れたのが先か……覚えていない。
(今のが……走馬灯というものでしょうか?素晴らしいものですね……)
こんな状況の中にいるというのに、彼女の口が少し緩んだ。
少々気恥ずかしくなるような場面があった気もするが、彼女は十二分に満足していた。
せめて最後にもう一度だけ見たいと願った顔を存分に見られたのだから……
(これで……思い残すことは……)
そう思って再び目を瞑ろうとした時であった。
彼女の視界にそれまで嫌になるほど見た白とは明らかに異なる一筋の温かい輝きが映ったのは。
(あれは……もしかして……!!)
そこから先の行動はほぼ無意識の内に行われた。
それまでの疲労も忘れたように立ち上がり、銀髪を振り乱しながら一心不乱にその光目掛けて全力で走り出した。
白が目に入った。
しかし皮膚が感じた冷たさから、それが雪であることに気づくと彼女は辺りを見回した。
闇夜と雪景色の中、唯一赤く染まった場所の中心に横たわる……見間違えようもないその姿。
白以外本当に何も無かったあの世界で、彼女が唯一心から渇望したもの。
急いで駆け寄り頭を膝枕に乗せ、ヒールをかける。
白く優しい光が彼の全身を包み込み、傷が塞がっていく。
間も無く彼の閉じた瞼がゆっくりと開き、自身の姿を捉えた2つの瞳が丸くなった。
驚愕……と言うよりは、当惑と言った方が適切だろうか。
「……俺は夢を見ているのか?」
現状への実感の伴わない、呆けた声であった。
無理もない。自分だって逆の立場であればすぐには状況が飲み込めないだろう。
彼女はその問いに首を横に振って答えた後、彼にじっくりと優しく丁寧にこれまでの経緯を説明した。
全てに得心がいった彼の双眸から、小さな小さな川が流れた。
「おかえり……サヤ……」
その瞬間、プロポーズされたあの日と同じ……いやそれ以上に視界が歪んだ。
「レイジさん……ただいまです」
サヤは言葉と共に背を曲げてレイジに顔を近づけた。
降りしきる雪の中、世界を越えて再会した二人はそっと口づけを交わした。