ゆきの工房・ノベルのイクシア・本編シリーズ:不思議の国の魔王

ノベルのイクシア
本編シリーズ
不思議の国の魔王
掲載日:2020/06/18
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
薄暗い世界。立派な城の前。



「神風ノ刃!!」


バイオリンの調べの中、レイジが強烈な一太刀を放った。

数メートルはある巨大なトカゲ……と思しき魔獣はその斬撃を受け、鼻を刺す臭いの透明な体液を撒き散らしながら真っ二つになる。




傍らでは、身体から鎖を生やして腕時計と融合した兎のような魔獣が襲ってくる。

迎え撃つようにカレン、クウヤ、リナがそれぞれ放った3つの雷(いかずち)が炸裂し、兎型の魔獣はその生涯にピリオドを打った。


残りのメンバーは宙を舞うグリフォンやウミガメのような魔獣達をそれぞれの技で次々と大地に、あるいは近くにある池に叩き落としていた。





何故彼らがこのような場所で魔獣と戦っているか……時は少し遡る。

白銀世界よりサヤが帰ってから、彼ら8人はそれぞれの場所で過ごしていた。



だが、ある日カイからの急な知らせで再び集まる事となった。



新たなる世界の危機を払うために。





覇堂神社の高台……かつてレイジがカイから影法師の事を聞かされた場所。

そこには封印の像と呼ばれるものがあり、世界各地に施された魔獣の封印を青い光で表す役割を担っていた。

だが、あの時は確かに灯っていたはずの青い光が今はすっかり消えていた。

特殊な封印につき、その技法も受け継がれていない以上取れる手段はたった1つ。

敵の強さが魔神級である可能性も否定は出来なかったが、後世の為に彼らは新たなる戦場へと赴くことになったのであった。


一同はまず封印場所の手がかりを得るために開かずの宝物殿へと向かった。

そこで赤・黄・緑・青・白・黒のまるで魔石に対応するかのような6冊の古文書を紐解いた一同は、手始めに青の古文書が示す場所……迷いの森へと向かった。


青の古文書にはレイジ達と因縁浅からぬ魔王アリスと彼女の住まう不思議の国の事が記されていた。


8人は迷いの森で八方手を尽くして不思議の国の入り口を探り当て、封印の場所へとたどり着いた。


ウサギを追って穴に落ちたと思えば、巨大な芋虫や胴体に巨大なしゃれこうべが一体化したドードー鳥に不気味なキノコ達、奇妙な魚やカエルのうろつく森に出た。


ようやくそこを抜けたと思えば、今度は透明になる巨大なネコ、お茶会に興じていたネズミやウサギ、誤って植えてしまった白いバラを赤く塗ろうとしているトランプの兵士が立て続けに襲って来た。


どこかで魔獣が奏でているのか、ここへ来てからバイオリンの妖しげな音色がずっと響き続けている。


ここにいる誰もがここでの一連の出来事を経て、ある物語の事を思い浮かべざるを得なかった。




不思議の国のアリス。




不思議の国へ迷い込んだ少女・アリスを主人公とする物語で、芋虫やキノコ、お茶会などなど……

『偶然』の一言で片づけるには『この』不思議の国とあまりにも状況が重なりすぎていた。





「……作者のルイス・キャロルって何者なんでしょうか」

一同を代表するかのようにサヤがついにその疑問を口にする。

「これは推測だが……アリスと戦った退魔士の一人か、彼らから戦いの様子を伝え聞いた者があの本を書いたのかもしれないな」

とカイが考察を述べる。

「偶然にしては酷似しすぎているものね」

と相槌を打ちながら、カレンが池から上がってきた2匹目のトカゲを蜂の巣にする。



「それにしても、ここの結界がアリスを封じるための物だったとはな」

かつてレイジ達は魔人となったオグマから逃げるために迷いの森に転移したことがある。
そして脱出のため元々張り巡らされていた結界を破壊したのだが、今にして思えばあれは魔王とその従者を閉じ込めるためのものだったのだ。

「私、運命なんて信じない方だけど、あの時咄嗟にワープした場所がアリスの家の前とも言える場所だなんて、流石に運命的なものを感じるわ」

と、他でもないその魔王に憑依されていたリナが呟く。










2つの篝火に照らされた城門を開け、中へ入る。

そこでは4つのスートとジョーカーの5種類のトランプ兵達がひしめいていた。
先程戦った者達と同様、カードを突き破るような見た目の人型の魔獣達だ。



「女王様のお城には、トランプの兵隊がわんさかってわけか……」

溜息交じりにレイジが刀を構える。

「私の銃が役に立ちそうね」

口封じのため襲って来たトランプ兵の事を思い出しながらカレンが言う。
カードだけあってか、彼らは銃撃や斬撃に非常に弱かった。

「俺の新しい爪の錆になってもらおう」

と道中の森で拾ったヴァンパイアクローを構えるカイ。

「私達も」

「役に立てそうですね」

それぞれの得物を構え、ルナとレミが言う。


それが戦闘開始の合図となり、敵軍がカードの津波となって一斉に押し寄せてきた。
銃撃で穴だらけにされる者、広範囲の斬撃で細切れにされる者……


しかし同胞の亡骸がいくら積み上がろうと兵隊達は進軍をやめなかった。



「恐らく彼らの属性はアリスの投げてくるトランプに対応しているはずよ」

「では私は風のイクシアでクローバーの魔獣を狙います」

その言葉に従い、サヤは手近なクローバー兵士の一団に鎌鼬を見舞う。
リナの推測通り彼らは容易く切り刻まれるが、近くにいたスペードの兵士にはほとんど効果が見られなかった。

「……んじゃ、俺は適当に広範囲のイクシアをぶっぱなしますかね」



クウヤが右手をかざすと軍団のど真ん中に大爆発が起きた。



単純計算で5分の1は耐性を持っているが、逆に言えば残りは弱点か耐性を持たないということになるので大雑把ではあるが割と理にかなった戦術であった。


深手を負いながらも立ち上がろうとする一体のトランプ兵に何かが風を切って飛来し、その首を刎ねた。
それは彼らの主からリナの手に渡ったトランプであった。


「トランプをトランプで倒す……なんて中々味がある展開ね」

「カッコつけてないで、姉さんも働いてよ!」

「はいはい!」




超常系イクシアの援護射撃の甲斐もありそう長くはかからず、城内を埋め尽くすほどにいたトランプ兵の大軍は一体残らず物言わぬ屍と化していた。


残骸達を踏み越えながら奥へ進むと、特別な装飾の施された扉が現れた。



「いかにも待ち構えてますって感じの扉ね」

とカレン。

「リナとカイは対魔戦争で戦ってるんだよな。アリスはどんな技を使うか知っているか?」

「エミニオン本部で戦ったから多少は知ってるでしょうけど……まず空間転移。それから自身の速度を高める技、トランプの技を使うわ。そしてアリスは黒い霧のような体をしていて、物理攻撃全般に耐性があるわ」

「それに超常イクシアを反射したり、隕石を降らせる技も使う」

「「「「「「隕石!!?」」」」」」

カイの口から出た予想外すぎる解答に真のアリスを知らない6人の驚愕の言葉が響く。


「アリスはそんなとんでもない力を持っているのか……」

「敵側の唯一の生き残りだからな。実力も推して知るべしということだ」

「しかし超常イクシアを反射するとは厄介だな……俺完全にお荷物だよ」

「気にするな。俺も似たようなものだ」

ぼやくクウヤの肩に手を置いてカイがフォローの言葉をかける。





「ルナさん、これを」

「これは……」

「今の話を聞く限りでは多分、ルナさんがこれを持っておいた方が良いと思うんです」

「そう。じゃあありがたく受け取っておくわ」

ルナはサヤから受け取った『それ』を早速身に着ける。




「しかし、話を聞く限り2人にはかなり不利な相手のようだが、よく力の大半を奪う所まで行けたな」

「俺達と戦う前に他の退魔士との戦いである程度ダメージを受けていたというのもあるだろうが……あの時は俺もリナも我武者羅に戦ってたからな」

「火事場の馬鹿力って奴かしらね」

「はぁ……」


少々釈然としないものを感じながらも質問者たるレイジは頷いた。



「さ、立ち話もこの辺にしてそろそろ行きましょうか。でないと中で待ってる魔王さんがすねちゃうでしょうから」


そんな軽口を叩きながらリナが扉を開けると黄色の光が辺りの景色を埋め尽くした。

光が収まると、辺りにはだだっ広い平原が広がっていた。

地面には毒々しい紫色の芽が生え、クリスタルの柱らしき物体がそこかしこにあった。

日の光はないが、といって夜でもなければ曇りでもない。


空間を操るアリスの作った異空間だろうか?


警戒しながら辺りを見渡すと、遥か前方に黒い霧のようなものが佇んでいた。


人の形のように固まったその霧こそ、魔王アリスの真の姿そのものであった。





「よく……ここまで来たわね。用向きは……聞くまでもないかしら?」


霧のような体から表情は伺えないが、声音からすると微笑んでいるのだろう。


「倒すかどうかはお前次第だ。今後、俺達の世界を侵略するつもりがあるのであれば……」

「なるほど。でも一時的にとはいえ魔の扉が開かれたおかげで私は本来の力を取り戻す事が出来た。それでも戦うというのかしら?」

カイの言葉を遮り、魔王は挑発じみたセリフを放つ。



「ここまで来たのに、今更怖気づいて引き返すとでも?」

「そういきり立たないで。私はあなた達に提案をしようというのよ」

刀を構えるレイジを宥めるような口調で魔王が言う。

「提案?」



「私はあなた達と違って一つの肉体に縛られない存在。でもね、元の姿に戻ってからどうも物足りなくてね……」


黒い霧がリナの真正面まで飛来する。


「リナの身体に憑依していたころの感覚を思い出してしまうの。肉体を持つのは不便な事も多いけれど、この身体では得られない楽しみを得る事も出来るからね」

「何が言いたいのかしら?」

「私が勝ったらリナの身体を貰い、あなた達は私の従者になってこの不思議な国で暮らしてもらう事にする。逆に私が負けたらあなた達の世界への侵略を諦め、更に可能な限り有益な技能や情報を提供するわ。どう?この条件でいかがかしら?」

「有益な技能?」

「詳細は勝ってからのお楽しみよ。勝てればだけど……」


挑発的な声音で言い終えると、霧は先ほどの位置に戻る。


「姉さん」

魔王の挑発するような口調に、ルナが不安げにリナの顔を見る。
万一負ければ再び姉に地獄の日々を送らせる事になる。

そう考えれば当然の反応であろう。


「その条件で構わないわ」



だが、かつて眼前の魔王に苦杯をなめさせられた金髪の退魔士は迷いなく答えた。
因縁の相手を強き意志のこもった目できっ、と見据えながら。

「……いいのね?」

「負けたら命を取られるっていうよりは幾分かマシな条件でしょう?もっとも……負けるつもりはないけれどね」


リナが不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。


「ふふふ……言うじゃない」



その瞬間、それまでアリスから漂っていた気配が一変する。




「それじゃあ……始めましょうか」


アリスの前に時計の文字盤が出現する。
自身の速度を高める白ウサギの懐中時計だ。

しかしその効果は、平原に響く歌声によって発動と同時に打ち消された。



聖なるロンド



敵の補助効果を打ち消す歌声のイクシアだ。



「残念だったわね。こっちもこの前とは違うわよ!」


発言と同時にカレンがブラストショットを叩き込む。
さほど威力は高くない技だが、無属性である弾丸は物理攻撃に耐性を持つ魔王の体に確かな手傷を刻み込む。


「味な真似をしてくれるじゃない……」


アリスが攻撃に入る前に、ルナの放ったものとレイジがそのルナから受け継いだ2つの光のイクシアが炸裂した。
表情の伺えない黒い霧の顔が初めて苦痛に歪んだような気がした。


「やっぱり。光属性が弱点なんだな」

「あまり調子に乗らないでもらおうかしら……」






光輝く障壁がアリスを取り囲んだ。
鏡の国という反射障壁である。





これで一先ずは安心、と思ったアリスであったがそこへ光を纏った剣が迫る。


「クロススラッシュ!!」


ルナの剣が鏡の国の守りをすり抜け、黒い肉体に輝く十字を描く。



「相変わらず超常イクシアは跳ね返せても、物理攻撃は無理なようね」

とリナ。

「くっ……そっちの娘、さっきから何度も動いているけどまさか……」

「そ。あなたもよーく知ってる白ウサギの懐中時計をかけておいたわ」

「事前に持たせておいた風の魔石の効果もありますけどね」

リナの答えに、サヤが補足を行う。

「それにしてもどんな気分かしら?自分の技を相手に使われるっていうのは」

「……!!」





リナの問いには答えず魔王はクラブのエースを投げつける。


カードは回転しながら空中で雷撃と化し、超越者達を襲う。



しかし次の瞬間、ゴッドサンダーの雷撃がきれいさっぱり打ち消してみせる。


「なっ……!」

「お前自身に超常イクシアは効かなくても、こうして技を相殺するくらいの真似は出来る!」


その驚きが生んだ僅かな隙に、再びブラストショットが炸裂する。


「……それなら相殺できない攻撃をするまでよ」



今度は4枚のトランプを投げつけた。


「なに!?」


「エレメントofトランプ!!」


4つの属性を持ったカード達が互いに作用しあい、花火のように色鮮やかな爆発を巻き起こす。



爆風の中からトレードマークのスーツが一気にボロボロになったクウヤが勢いよく飛んでいき、地面を転がった。



「クウヤさん!」


レミがマイティ・ヒールで治療するべく駆け寄ろうとする。


そんな彼女に今度はハートのエースが投げられた。



「炎の攻撃なら……!!」



炎なら自分のイクシアで相殺出来る。
その判断の下、レミが氷の鳥を放つ。



「かかったわね」


だが次の瞬間、アリスが転移でカードと鳥の間に割って入った。
氷のイクシアが鏡の国に弾き返され、術者であるレミを襲う。




「きゃあっ!」


自身のイクシアを食らい、レミの体表が凍り付く。


「私が転移出来ることを忘れていたようね?」


そう言って再び転移し、自身のカードの通り道を開ける。



当初の軌道のまま飛び、地面に刺さったカードは巨大な火柱となってレミと重症のクウヤを同時に炙る。



そして火柱が収まった頃、術者がレイジ達から大きく距離を取った場所に出現した。


「そう言えば、前の戦いでは反射で煮え湯を飲まされたのよね……あの時の感謝も込めて私の最大の技をぶつけてあげるわ」



その場で精神を集中し始める。





「!!……みんな、防御を!!」


「メテオ」






その一言を合図に異空の空から燃え盛る火を纏った何十もの隕石が降り注いだ。




平原に轟音が木霊し、8人の絶叫はそれによりかき消された。



穴だらけになった平原に8人の超越者が踏んづけられた蟻のように這いつくばっていた。

カイの指示で防御行動をとった大半のメンバーは辛うじて戦闘不能だけは免れていた。
しかしひっきりなしににダメージを受け続け、防御が間に合わなかったクウヤとレミはピクリとも動かない。



「くっ……ぐぅ……!!」


瀕死の状態ながらもルナは仲間達を癒すべく至高の回復イクシアを……フル・ヒールライトを発動しようとしていた。


しかし彼女の体は何かに押さえつけられたわけでもないのに突如硬直する。

まるで彼女の周りの空間だけが固定されたように。



「停滞する世界。魔神でさえ抗う事の出来ない私の切り札よ。対魔戦争では使わなかったけどね」




そう言って今度は倒れたリナの下へ転移し、彼女を見下ろす。
やはり霧のような顔からは表情は伺えないが、勝利の笑みを浮かべているであろう事は誰が見ても明らかであった。



「どうやら私の勝ちみたいね。約束通りあなた達はこの不思議の国の国民として、一生暮らしてもらうわよ」


トドメ用に持ったジョーカーのカードを見せつつ、嘲る様な声音で自らの勝利を宣言する。


「やっと……やっと、会えたんです……」

「……?」


声の方を見ると銀髪の退魔士がよろめきながら立ち上がり、自分に殺気の籠った視線を向けてきた。



「まだ立てるその体力と根性は見事と褒めてあげるけど、この状況では貴方達に勝ち目は無いと思うわよ」



「あなたなんかにレイジさんを……皆さんを……好きにはさせません!!」






その瞬間、サヤの全身から白銀のオーラが立ち上った。
オーラの影響か銀髪が荒れた海を思わせるぐらいに激しくなびいている。

その姿を見たレイジが、ある事を思い出す。



「もしかして、掴んだのか……!!?白銀のイクシアのコツを!!」


「なんですって……!!?」



書物を読み終え宝物殿を出る時サヤは白銀のイクシアの反動を失くし、事実上無制限に使えるかもしれないという話をしていた。
その時が今来たというのか?



しかし、かつてエミニオン本部でアリスに撃った時と違い妙に発動が遅い。


反動を失くした代償かと思ったが、よく見るとサヤは懐中時計を身に着けていた。
それはこの不思議の国で見つけたもので、調べたところイクシアの力を増幅させるが動きが著しく遅くなると言うものだ。

サヤは万に一つも討ち漏らさぬよう装備品でイクシアの効果を最大限に高めて放つつもりなのだと理解した。


しかしそんな隙をアリスが見逃すはずもなく、彼女は持っていたジョーカーのカードを投げた。
カードは回転しながら宙を一直線に飛び、巨大な闇の球となってサヤに迫った。




「……させるか!!」

瀕死の重体ながらも摩天楼を発動させ、カイが闇の前に立ちはだかる。
両腕を胸の前で交差させ、防御の構えを取る。


「ぐっ……があっ!!」

だが既に手酷く傷ついていた身体では長くはもたず、呆気なく吹っ飛ばされる。




もはやこれまでかと思われたその時、その前に一人の男が立ちはだかった。


「摩天楼は無いが……俺だって、盾になるくらいの事は出来るんだ!!」


千載一遇のチャンスを無にしないために仁王立ちの体勢で迫りくる闇に向き直った。
正直今の自分があれを食らえば命の保証はないが、このまま全員アリスの玩具にされるくらいならと腹はくくっていた。



そんな想い人の決死の行動を目の当りにしながらも、サヤは心を乱さなかった。
今集中を乱すことは彼の覚悟を踏みにじる行為だと悟っていたからだ。



ふとレイジの視界の端に、満身創痍ながら必死に起き上がろうとするリナの姿が映った。




「くっ……レイジ!これを……!!」



リナが最後の力を振り絞って投げたそれをレイジは右手で見事にキャッチする。



「……これは!!サンキュー、リナ!!」


レイジはそれを見るや、感謝の言葉と共に素早く指にはめる。
その直後、闇がレイジを包んだ。

しかし、闇はレイジを1度は包み込んだもののすぐに霧散し、彼に掠り傷一つ負わせる事すら叶わなかった。



信じられない思いの魔王は目を凝らして標的が先刻指にはめた物をよく見る。


「あれは……悪魔の指輪!!?」



装備者が光に弱くなる代わりに、闇から完全に護られるこの品を手にしたのは何の因果かアリスの城の前の池のほとりであった。


「これを放り出していたのは間違いだったな……サヤ!!」

「はいっ!!」





真横に飛びながらのレイジの呼びかけへの返事と共にサヤが突き出した両手に白銀のオーラが収束し、アリスめがけて放たれる。



「くっ!冗談じゃないわ……!!」



アリスは毒づきながらその場から数百メートルは離れた場所へ転移する。

しかし光の奔流は意思でもあるかのように黒い魔王を正確に追尾した。


「そんなバカなっ!!?」


彼女はかつて感じたことの無いほどの焦りを抱いた。
何度転移しても、白銀の追跡は止まらなかった。

そしてそんな逃走劇にもついに終わりが告げられ、かつてエミニオン本部で放ったものより数段強力な煌めきが鏡の国をすり抜けて、魔王の実態無き肉体をついに捕らえる。







「あ……あああああぁぁぁっっっ!!」

白銀が黒い霧を包み込み、異空間の平原に悲鳴が響き渡った。


白銀の煌めきが収まった時、霧の身体を持つ魔王は地べたに這いつくばっていた。
荒い息遣いから、彼女が虫の息であることは明白であった。


「……私達の……勝ちね」


リナが魔王を見下ろし自分達の勝利を宣言するという先程とは正反対の構図が展開された。


「まさか……再びこのイクシアに煮え湯を飲まされるとはね……」


「さあ、どうします?まだ……やりますか?」


サヤが両手を瀕死の魔王に向ける。
返答によってはもう一発放つという意思表示であった。
アリスが虫の息のため懐中時計は既に外し、すぐ撃てるようにしている。


もう一発でも食らえば自分は完全に消える。
それがわからないほどこの不思議の国の女王は愚かではなかった。


「いいえ……私の……完敗よ。悔しいけれどね……」


















「一時はどうなるかと思ったけど、どうにかみんな無事でよかったな」

「全く。今回ばかりは冗談ぬきで死ぬかと思ったぜ」

戦闘後ルナのフル・レイズで復活したクウヤがぼやく。
着ていたスーツはアリスの度重なる攻撃でボロボロになってしまったので、今は新しいのを着ている。

「俺達がこうして生きてられるのはレイジとサヤとリナのお陰だよ。本当にありがとう」

「そんなに気にするなよ」

「そうですよ」

「後で聞いたんだけど、お兄ちゃんかっこよかったんだって?私も見たかったなぁ」

レミがにやけた顔でレイジの脇腹を肘でつつく。

「よせよレミ」

「ふふふ」

「確かに、兄の面目を完膚なきまでに潰してくれたからな」

言葉とは裏腹に、嬉しそうな口調でカイが言う。

「やめろよカイまで……ただ当然の行動をしただけだよ」

彼をたしなめると、レイジはリナの下へ歩み寄り





「リナ、さっきはありがとうな」

最高のフォローをしてくれた女性にレイジが深々と頭を下げる。

「礼を言われるような事じゃないわ。仲間として当然の事をしただけよ。それに……」


今日、因縁の相手に決着をつけた退魔士は一度そこで言葉を切った。


「あの時のあなたと同じ悲しみをサヤに与えるわけにはいかなかったしね」

「……そうだな」


せっかく異世界の壁を越えて再会したのに、再び離れ離れになる所であった。
他に選択肢がなく、咄嗟のことだったとはいえ、愚かな選択だったと今更ながらに後悔した。



「もっと強くならないとな。もう二度とあんな行動をしなくてもいいくらいに」

「私も、レイジさんに二度とあんなことをさせないように強くなりますね」

「帰還早々見せつけてくれるわね、お二人さん。あー暑い暑い」


カレンが左手で襟を引っ張り、右手をうちわのようにパタパタと動かしながら笑みを浮かべてからかう。


「この分なら、甥か姪の顔を見る日も近そうだな」

「もう!兄様ったら!!」

カイの言葉を受けたサヤが顔を真っ赤にする。


ワープホールで8人揃って無事帰還した蓮部探偵事務所の1階に笑い声が響いた。
その机には約束通りアリスから受け取った技能の書かれた書物が置かれていた。