ゆきの工房・ノベルのイクシア・EXシリーズ:対魔戦争IF

ノベルのイクシア
EXシリーズ
対魔戦争IF
掲載日:2019/06/11
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
この日、魔の扉を閉ざすべく、各地から退魔士が集結し、決戦部隊を編成した。
その数たるや1000人を軽く超えるほどであったと、後世の記録にはある。

彼、覇堂カイも両親と共に参加した退魔士の一人だ。

魔の扉が開いた深紅の魔城へは蒼哭の洞穴を経由しなければならないが、ここも魔獣の巣窟と化している。

手筈では洞穴の出口辺りで交代で夜営をする事になっている。
行軍中、槍を右肩に乗せた隣の男が話しかけてきた。

「よっ。俺は谷アキラ。よろしくな」

「覇堂カイだ」

「あんたの事は知ってるよ。何せあの覇堂家の後継者だってもっぱらの評判だぜ」




後継者……まだ先の話だと思っていたが、今回の戦いは歴史に無いほどの規模となる事が想定される。



「……出来れば、もう少し先の話であって欲しいものだ」

「さっき聞いたんだけどよ、御門家からも1人来てるらしいぜ」

御門家。退魔士ならば知らぬ者の方が珍しい名門だ。
今回の件の重大さを考えれば当然の事だろう。

「俺みたいなマイナーどころには覇堂家も御門家も雲の上の存在だよ。一応、本家と分家があったくらいには大きいんだけどな。お?」

「……お喋りは中断した方がよさそうだな」


水面がブクブクと沸き立ち始めた。


「総員戦闘準備!」


壮年の退魔士の檄が飛んだ。
それを受けた退魔士たちはある者は武器を構え、ある者は精神集中を始める。

「お前はどんなイクシア持ってるんだ?」

「俺は主に鉤爪で戦う。他にも自信を強化したり、相手を弱らせるイクシアを使う」

「俺は槍だ。ついでに言うと槍で突いた味方に任意の属性を付与できるんだ」

「という事は、どんな魔獣でも弱点を突けると?」

「まあ自分には出来ないんだどな」




「自分一人じゃ槍を振り回す事だけしか出来ないと言っているようなもんじゃないの……」

「何であんなのが今回の戦いに加わっているんだか……」

「大体今回の戦いの重大さ分かってるのかね。遠足気分で来るのはやめて欲しいんだが」

アキラの言葉を聞いた周囲の退魔士が聞こえよがしに陰口を叩いた。
だが、当人はどこ吹く風と言った様子だ。


「気にしないのか?」

「馬鹿にされてるのは慣れてるんでね」









その日の夜営。

退魔士たちは最初に休息をとる組と、見張りを担う組、そして入り口に設置したものと対になる転移装置を作成する組と分担される。

カイとアキラは最初に見張りを担当する方へ割り振られた。


「流石名門。強いね」

「お前もな。さっきの戦い、中々のものだったぞ」

「名門の退魔士にお褒め頂けるとは光栄だね」

「お前の家……谷家とはどんなところなんだ?」

「谷家では退魔士用のアイテムを作る才能を持つ人間が良く生まれてきたんだ。俺は違うけどな」

「どんな物がある?」

「例えばこの剛の印籠。使い捨ての未完成品だが、一撃の威力を10倍にする事が出来るんだぜ」


懐から黒地に赤い竜の紋が施された印籠を取り出しながらアキラが言う。


「ほう。それは中々のものではないか」

「ま、親父の形見だから使う気はねえけどな」

「そうか。他の家族は?」

「いねえ。俺を馬鹿にしてた本家の連中諸共、魔獣の進撃で死んじまった」

「……」

「そんな顔するな。俺が悪かっただけの話だ。こんな俺でも慕ってくれた妹も大切に育ててくれた両親も守れねえくらい弱い俺が、な」


カイ。もし万一の事があれば、お前がサヤを護るんだ。


「……どうした?急に黙り込んで」

「いや、出発前に父上に言われたことを思い出しただけだ。もしもの時はサヤを……妹を護れと」

「それじゃあ何が何でも生き残らねえとな。俺でよけりゃ、手を貸すぜ」

「アキラ、この戦いが終わったら覇堂家へ来ないか?」

「俺が、名門の覇道家にか?」

「覇道家の槍術、学んでみるのも悪くあるまい。それに……」

カイはそこで言葉を切り


「いいものだぞ。帰る所があるというのは」

「ま、考えとくよ」










蒼哭の洞穴を抜け、深紅の魔城へ到着するとそこは魔獣で埋め尽くされていた。

血の様に真っ赤な液体の堀に囲まれた城を更に幾百とも知れぬ魔獣達が囲んでいた。
見た事もない数の敵にカイもアキラも思わず息をのんだ。

「撃てぇ!!」

号令と共に先頭の超常イクシアを得意とする部隊から放たれた火・氷・雷・風の4属性のイクシアが炸裂した。
乱戦になる前に大規模攻撃で数を減らすためだ。

乱戦で使えば味方を巻き込むので当然の判断だ。

魔神の一撃とも見紛うそれは入り口に陣取っていた魔獣の一団を大きく削り取った。
しかしそれでも大部分は今も咆哮を上げ、殺意に血走った目でこちらを睨む。


続けてカイやアキラのように、肉弾戦を得意とする退魔士が前に出る。


「行くぞ!!」

その言葉と同時に、全員が鬨の声を上げて城内へ突撃していった。

作戦はカイの両親も所属する第1部隊が屋上にある魔の扉を封じ、他の部隊はそれを他の魔獣から守り、援護する事だけに専念する。
言ってしまえば、他の部隊は壁である。




「魔狼爪!!」

長い階段のある部屋でカイの鉤爪が10体ほどの魔獣を切り裂く。
半分ほどはその一撃で絶命し、生き残った者も後詰の退魔士が確実にとどめを刺していった。


「おらぁっ!!」

アキラがヘラジカを直立させたような大型の魔獣の胸元に深々と槍を突き立てる。

「うおおっ!!?抜けねえ!!」

槍が抜けなくて狼狽しているところへ、熊に似た別の魔獣が殴りかかる。

「……なーんちゃって!」

アキラは槍から手を放し地面に降り立った。
結果、熊の爪は明ではなく、彼の槍が刺さった魔獣の体に突き刺さる事になった。
続けてアキラは真下から熊魔獣の顎を思いっきり蹴り上げた。

その熊の胸を蹴飛ばす勢いで槍の下へ跳び、両手で握りしめた。


「円断槍(えんだんそう)!!」


真円に振りぬかれた槍が2体の魔獣を2つに分断した。



「本当によかったのかよ?ご両親と一緒の部隊じゃなくて」

「本音を言えばそうしたかったがな、その父上から他の退魔士達を出来る限り守ってほしいと頼まれた」

2人は背中合わせに世間話のような口調で語り合う。







「きゃああ!!」

突如上から悲鳴が上がり、見ると3人の退魔士が蟹と人を掛け合わせたような魔獣に苦戦していた。
それは先日アキラを嘲笑っていた3人であった。

「任せろ!」

アキラが跳躍し、3人の下へ駆けつける。




「こいつは物理攻撃が効かないんだ!」

剣を持った退魔士をアキラは軽く槍で突いた。

「騙されたと思ってもう1回斬ってみな」

「ふざけてる場合じゃ……」

言い終える前に敵はハサミの付いた腕を伸ばしてきた。

「ひいっ!」

彼のとっさに放った雷を纏った剣の一撃は魔獣の殻を容易く切り裂き、透明な体液を噴出させた。
すかさず二太刀目を叩き込み、完全に沈黙させる。

「俺には慧眼のイクシアってのがあってな、目にした魔獣の弱点を一発で見破っちまうんだよ」

「それで俺に雷属性を付与したってわけか」

「ビンゴ!」

「アキラ!」

「カイ、そっちはどうだ?」

「あらかた片付いた。全員で上に向かった父上達を援護に……」

「ぎゃあああああ!!」

今度は下から絶叫が轟いた。

見れば灰色の煙を浴びた数名の退魔士が石になっていた。
煙を吐き出したのは紫色の鱗に覆われた蛇の下半身を持つ女性の魔獣だった。
しかし、その髪は無数の緑色の蛇であった。


「人間ども!この魔王ゴルゴン様がいる限り、魔の扉に手出しはさせん!」

言うや、その尾の一撃で石化した者達を打ち砕いた。

「野郎……!!」

アキラが槍を構えて飛び出そうとすると……

「こいつは俺達で引き受ける!!君達は封印に向かった第1部隊の援護に!!」

ゴルゴンと交戦している退魔士達のリーダー格らしい男に声で止められた。

「承知した。皆行くぞ」

「ああ」

3人組に加え50ばかりの退魔士を引き連れて、カイ達は階段を駆け上がっていく。






「次から次へと懲りない連中ね!」

3人組の1人の茶色いポニーテールの退魔士が光のイクシアで骸骨の魔獣を浄化しながらぼやく。

「俺はもう100匹は殺ったと思うが、そっちはどうよ?」

アキラがネズミのような魔獣を5匹まとめて円断槍で倒しながら聞けば

「さあな、興味が無いので数えていない」

カイも魔狼爪でカラス型の魔獣を8匹細切れにしながらぶっきらぼうに返す。
だが敵もただやられるばかりではなく、爪牙やイクシアなどで着実にこちらの戦力を削っていた。

回復のイクシアや傷薬などでの治療は逐次行われてはいるが、膨大な数の暴力の前ではどうしても回復が間に合わないのだ。


長い長い階段を登り切り、屋外への出口が見えた。



だがそこから一人の女性退魔士が外へ出ると、彼女は一瞬にして血飛沫へと変貌した。

その場の全員が何が起こったのかわからずにいるとそこから鏡の様に磨き抜かれた白銀の鎧が出てきた。
身の丈は3メートルはあり、両手で握りしめた新鮮な血の滴る巨大な戦斧はどんなものでも両断しそうだ。



「この……よくも!!」

「……よせ!!」

カイの制止も聞かず、退魔士の男が闇のイクシアを放つ。
カイの懸念通り、反射されたイクシアが術者を物言わぬ骸に変えた。

「手強そうだな……」

3人組の最後の小太りの男がつぶやいた。

「カイ!」

アキラがカイの背中を軽く突いた。
それで意図を察したカイは鉤爪を構え鎧に接近した。

まずは右に左に、唸りと強風を伴って斧が振るわれるがバックステップで後退したカイには掠りもしない。
一撃で仕留められなかった事に腹を立てたのか、今度は大きく振り上げた斧を一気に下ろした。

横っ飛びで避けられた斧は床を砕いてめり込む。
その隙を逃さず、カイは敵の右脇腹を『黒く染まった爪』で引き裂いて後ろに回り、続けて後頭部を抉り、最後に左脇腹を裂いた。

鎧が斧から手を放し、地響きと轟音を伴って仰向けに倒れる。


「カイ、危ねぇ!」


いつの間にか外から来ていた2体目の銀鎧が振り下ろした斧を僅かに横に動いて避けたカイは連続で攻撃を叩き込んでいった。
鎧はよろめきながら後退し、やがて足を踏み外して遥か下へと落ちて行った。


「思わず叫んじまったが、要らなかったようだな」

「お前が闇属性を付与してくれたお陰で簡単に倒せたんだ。屋上は近い、急ぐぞ」


他の退魔士達と共に外へ出て階段を駆け上がろうとすると、城の外側から光の攻撃を受けた。
哀れな何人かはそれだけで絶命した。



「哀れなる子羊共よ!!」

光の飛んで来た方から6枚の白い翼を持った天使に似た姿の魔獣が語り掛けてきた。

「野郎、あんな遠くから……」


「我が名は魔王アザゼル。子羊共、精々美味に調理してやるから光栄に――」

魔王の言葉は最後まで紡がれなかった。
あらぬ所から飛んで来た闇のイクシアが原因だ。

「御託はいいからさっさとかかって来なさい」

後ろを見ると、長い金髪の少女がカイ達と同数程度の退魔士を引き連れてそこにいた。

「下の連中は全部倒したわ。ここは私達に任せてあなた達は上へ行きなさい!」

「助かる!」

「行かせ……」


カイ達を攻撃しようとしたアザゼルだが、再び闇のイクシアに阻まれる。


「私を相手によそ見をするなんて、随分余裕じゃない」

「貴様らこそ、我をここまで怒らせるとはよほど死にたいらしいな……!!」





深紅の魔城の屋上は既に魔獣と退魔士の死骸の山が築かれていた。
巨大な1体の悪魔を中心とする魔獣の群れと20名程の退魔士達。
その中にはカイの両親もいた。





「父上!母上!今そちらに……」


両親の生存を確認し安堵し、即刻彼らの元へ駆けつけようとしたカイだが、その足はすぐに止まる。
何故なら突如空間に開いた闇の穴から出現した、少女のようにも見える黒い霧のような物が立ち塞がったからだ。


「ごきげんよう。私は魔王アリス」

「また魔王かよ……!!」

アキラがぼやきながら槍を構える。

「本当は他の魔王連中に任せて高みの見物を決め込むつもりだったのだけれど……どうもゴルゴンもアザゼルも私の期待ほどには働いてくれなかったようね」

例の3人組の一人が接近し剣を振るうが、霧のような体には効果が薄いらしくアリスと名乗った魔王は全く動じない。

「私と戦おうなんて……度胸だけは褒めてあげるわ」

黒い霧がトランプを投げつけると辺りに火柱が上がり、攻撃を仕掛けた退魔士がその悲鳴をも含めて黒焦げとなった。



「そんな……!!うわあああああ!!」

仲の良かった者を殺された慟哭の叫びを上げながら、3人組の残り2人が光と氷のイクシアを放った。

「鏡の国」

アリスを鏡のように光る幕が包んだかと思うと、それに当たったイクシアが跳ね返され術者二人の息の根を止めた。

そして続けざまに2枚のトランプを投げつけ、雷と風で攻撃する。
カイとアキラ以外の退魔士はそれらのダメージ、あるいは風の攻撃で屋上から落とされて命を落とした。


「随分弱いじゃない。私が相手をするまでもないわね」

アリスの言葉と共にそこへ飛んで来たのはなんとも形容しがたい、どぎつい色をした醜悪で巨大な魔獣だった。

「バンダースナッチ、食事の時間よ。精々おいしく食べてあげなさい」

魔獣をけしかけたアリスは手出しをするつもりが無いのか、上空へ飛来していった。


それを合図として、バンダースナッチは毒々しい紫色のブレスを吐き出した。
2人はそれぞれ左右に跳んで回避するが、鈍重そうな見た目に反し敵はカイに向けて2撃目を放った。

しかし、カイは跳躍も走行もせずその場でブレスをもろに浴びた。

毒の苦痛に苦悶の表情を浮かべ、膝をつく。

アキラが見ると、カイの後ろには今まさに激闘を繰り広げている彼の両親たちがいた。
あそこへ毒息の援護射撃が行けばひとたまりもなかっただろう。


「大丈夫か!?」

「……ああ」

アキラが差し出したキュアポイズンと懐から取り出した傷薬を同時に飲み下す。


「……速攻でケリをつけた方がよさそうだな」

「同感だ。あいつの弱点は?」

「無い。大技行くぜ」

「承知!」


2人はまず魔の扉とは別方向に走り、敵の注意を向ける。
そして3度吐き出された猛毒の吐息を最大限の跳躍で回避し、巨体に飛び乗る。


「羅刹爪!」

「般若一閃(はんにゃいっせん)!」

2人の同時攻撃でバンダースナッチのコウモリのそれに似た巨大な両翼が切り落とされ、地響きと共に巨体が城の上に落下した。

しかしバンダースナッチが天に向かって咆哮を上げると、白い光が巨体を包み、たちまち失われた翼が再生していった。

「フル・ヒールか……よりによって嫌なイクシア持ってやがるぜ」

「ならば……呪縛撃!!」

アキラが毒づくとほぼ同時に、青っぽい波動がバンダースナッチの巨体を捕らえる。

「呪い状態を付与した。これで回復は意味をなさない」

「ナイス!」

顔面に跳躍して突き出したアキラの槍が飛び立とうとした魔獣の左目を貫いた。
激痛に魔獣が四肢を振り乱して暴れ狂った。
先程同様白い光が全身を包んだが、それは先ほどとは比較にならないほど弱弱しい光で左目の傷を僅かに癒すだけで終わった。

「今だカイ!」

「虎爪撃!!」

カイの強烈な一撃がバンダースナッチの首の付け根の右側あたりから重力をも力に変えて喉笛を切り裂いた。
石油のような黒色の血液がカイにべっとりと付着した。



「どうだデカブツ!」

「……!!」

だが喉笛を切り裂かれてもバンダースナッチは憎悪に満ちた目をカイに向け、鋭い爪の生えた右前足を繰り出してきた。
完全に不意を突かれた攻撃に、カイが思わず硬直する。

「タイタンフット!」

最期の抵抗とばかりにカイに向かう攻撃を寸前で巨大な岩石の足が踏み潰した。
それで最後の力も失ったのか、咆哮と共にバンダースナッチは事切れた。

「危なかったわね」

声の方を見ると、先程アザゼルと戦っていた女性が近づいてきた。
どうやら連れていた味方は全て倒されたものの、敵はしっかり倒して来たらしい。

「お陰で助かった」

「感謝するぜ。えーと……」

「御門リナよ」

「あんたが御門家の退魔士だったのか!」

「今は戦いに集中しましょう」

「ああ」



ふとカイは両親の方へ目を向ける。
あの魔王と思しき大きな悪魔は既に斃れ、他の退魔士の援護の下でカイの父が封印に取り掛かっていた。
放っておいても魔の扉は封印できそうに思えたが……

「ベリアルの奴、あれだけ大口を叩いたくせに情けないわね」

地上に降り立ちながら同じようにそれを見たアリスはため息と共に精神集中を始めようとした。

「させるか!!」

「邪魔よ!!」

アリスの放った4枚のトランプが閃き、爆発が槍を突き出そうと飛び掛かったアキラの体を包んだ。

「後ろががら空きだぞ!」

カイの爪も大して効果はなかったが、技の発動を邪魔されて苛立ったのだろう。
アリスは竜巻を出して、銀髪の退魔士を吹き飛ばし、更に追い打ちで氷柱を食らわせた。

「魔の扉を封じさせるわけにはいかないわ」

言いながらアリスは精神集中を再開する。




立ち上がると同時に無意識のうちにカイは走り出した。

両親を救うために。

アリスの技を止めるにせよ、2人をその場から移動させるにせよ、その場からは間に合わない事を百も承知で。

「消し飛びなさい!メテオ!!」



爆風と轟音。

降り注ぐ隕石が周辺の魔獣ごとカイの両親達を跡形もなく吹き飛ばすのと、魔の扉が消失したのはほぼ同時であった。

何故か彼には父と母が最後に自分に微笑みかけたような気がした。



悲しみに暮れている暇はなかった。
彼は先刻吹き飛ばされた仲間の下へ駆け寄る。

「アキラ……っ!」

その姿は無残なもので、全身に火傷や凍傷を負い、左足があり得ぬ方向に折れ曲がり、右腕は吹き飛んでいた。




「すぐにあなたも後を追わせてあげるわ」

「させない!!」

アリスのカイに向けて放った闇の攻撃を、岩石の足が防いだ。

「攻撃のイクシアで防御なんて……面白い事をするのね」

「物は使い様って言うでしょ?」





「ハハ……しくじっちまった……お前の両親、助けるつもりだったんだがな……やっぱ俺はとことん弱っちい役立たずみてぇだ……」

自嘲を込めた乾いた笑いと共にアキラが言った。

「そんな事は無い!!お前と俺がもたらした一瞬が、魔の扉を封じたんだ!!今傷薬を……」

「もう無理だ。どうやっても俺は助からねえ。んな事より……」

不意に腰の辺りをちょんと突かれた。
見るとアキラは残った左手で愛用の槍を握りしめていた。
あの爆発でも武器だけは手放さなかったらしい。


「あいつの弱点は光属性だ……」

「アキラ……」

「後は一発、ドデカいのをぶち込んでやれ。こいつも使ってな……」

槍から手を放し、懐から『それ』を取り出した。

「これは……!!」

「俺にはもう要らねえもんだ。お前にやるよ。俺が初めてダチにやるプレゼントだ」

「感謝する」

「残った家族……サヤって言ったか?……大事にしろよ……ダチじゃなくても、これくらい聞いてくれよ……?」

「……交換条件として、お前は自分を世界を救った英雄の1人だと認めろ」

「へっ……そりゃあ破格の条件だ……」

「それと、俺はお前を友と思っているつもりだ」

「……ありがとよ」

その一言を最後に、アキラの身体は力を失った。







「私とサシでここまで粘るなんて、人間にしておくのが勿体ないくらいね」

「くっ……!!」

客観的に言って、超常イクシアを反射してくる相手にリナは善戦したといえる。
だが速さを高めたアリスの前に、徐々に追い込まれていった。

「でも、これで最後よ。エレメント……」



「うおおおおおおおお!!!」

獣……いや魔神にさえも比肩するかのような雄叫びが響き渡った。
魔王と言えどもそれを無視する事は出来ず、攻撃の手を止めた。


明の遺したもの……剛の印籠を使った瞬間、カイは全身が燃えるような感覚に包まれた。


「はああっ!!」

印籠の破片が飛び散るのと同時に烈風のように駆け出した。
アリスが阻止しようと技の構えを取るが、岩の足に阻まれた。

気体のようなアリスの体に物理攻撃は有効ではないが、気を散らすことくらいは出来る。

すぐさま反撃の稲妻が迸り、リナを強かに打ち据えた。



「決めなさい、カイ!!」

「行くぞアリス……虎爪撃……いや、名付けて剛烈(ごうれつ)・虎爪撃!!!」

眩い光を纏い、怪力乱神と剛の印籠によって限界まで威力を増幅され、アキラの遺志をも乗せたカイの爪が魔王の身体を深々と抉った。




「大丈夫か?」

「ええ……なんとか……」

「く……うぅ……」

まだ息があるアリスが呻く。
今の一撃で剛の印籠の力は失せたが、光属性付与と怪力乱神の効果は残っている。

もう一撃、虎爪撃を放てば辛うじてトドメはさせる。
そう確信したカイは再び技を放つ態勢に入った。


「ふふふ……私をここまで追い込んだことは賞賛に値するわ。でもね……」


黒い霧のような顔がほくそを笑んだような気がした。


「最後に笑うのは私よ!」

「危ない!」

アリスの放った術が割って入ったリナの身体を捕らえた。
一瞬、全ての光源が消え失せたかのような闇が訪れた。


「……とんだ邪魔が入ったわね。でもま、こっちでもいいわ」

「どういう……事だ……?」


闇が終わると、先程までいた筈のアリスの姿が消えていた。
そしてリナが自分を見下すような笑みを浮かべて立っていた。

その瞳は海のような青から髪と同じ金へと変じていた。

呆然としながらもカイは本能的に悟った。
目の前の人物こそがアリスなのだと。


「お望みなら説明してあげるけど、その前にこれを受け取ってちょうだい。呪いの詩!!」

リナ……アリスの傍らから何か黒い影のような物が飛び出したかと思うとそれは瞬時にカイの胸に吸い込まれていった。

「うぐっ……おおおおお!!?」

瞬間、内臓そのものを吐き出してしまいそうな凄まじい不快感と激痛が全身を伝い、カイはのたうち回った。

「ぐっ……はぁ……はぁ……」

「私には憑依の術というものがあるの。これであなたの体を乗っ取るつもりだったけれど、この娘に邪魔されちゃったわけ。そしてあなたもたった今、私の部下に憑依されて私の操り人形になったの」

「き……貴様……!!」

「簡単には殺さないわ。精々苦しみ抜きなさい。再び私が力を取り戻す、その日までね」

「く……」

「さあ行きましょうか。と言ってもあてなんてないけど」

「……1つだけ持って行きたい物がある」

「まあ、それくらいなら構わないわ」

「……感謝する」

まだ呪いの詩の痛みが残っている身体で、カイは『それ』を拾い上げる。

「別にいいわよ。その分後で苦しませるだけなんだし、ね」

(サヤ……達者で暮らせよ)

対魔戦争を生き残った2人は闇の穴に消えた。







こうしてこの日、世界『は』救われた。

数多の退魔士達の命と2人の退魔士の身体の自由と引き換えに。

しかし彼は諦めてはいなかった。
再び自由を得るために、父や友との約束を果たすために。








数年後 覇堂神社 墓地


「随分遅くなってしまった上に両親の後だが、許せ」

カイが墓地の片隅に突き立てられた一本の槍の前で手を合わせた。
とある場所に数年間手入れもされず放置されていただけあり、ボロボロであった。

「代わりに、お前の遺言はちゃんと守っている。もっとも、彼女を守る役目は別の男が引き継いだがな」

思えばここに至るまでいろいろあった。

アリスに連れられ、初めてセツナと対面した際は『こいつのせいで両親やアキラはと』地獄谷よりも熱い怒りが込み上げた。

半面そのアリスから解放された時、サヤがレイジという恋人を見つけていたことを知った時。
それらは自分の人生でも屈指の喜びに満ちた瞬間であった。

そのサヤがこの世界から消えた時には対魔戦争の時と同等かそれ以上に己の無力を嘆いた。

いつかちゃんとした墓を建てると誓い、彼は立ち去る。
次なる戦いへ赴くために。


「今はまだそちらには行けぬが、もう1度出会った時にはお前の家族を紹介してほしいものだ」



終 幕