ゆきの工房・ノベルのイクシア・EXシリーズ:サヤ外伝1

ノベルのイクシア
EXシリーズ
サヤ外伝1
掲載日:2019/06/11
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
これは後に白銀のイクシアを手にすることになる女性が運命の男と出会う前の物語。


対魔戦争終結。

この報せは瞬く間に広まり、世界中の人々を歓喜の渦に飲み込んだ。

しかし、少なくともこの覇堂神社だけは別であった。


覇堂家の当主夫妻に、その後継者と名高かった長男のカイ。
その他にもこの辺りの地域から戦争に赴いた名だたる退魔士の全てを失ったのだから。


中でも家族全てを一度に失った当主の娘の悲しみは尋常なものではなかった。
争議中は無論のこと、毎日のように墓前で手を合わせ、家族の死を嘆き続けた。

彼女を含む退魔士の遺族達の深い悲しみが天をも動かしたのだろうか、彼女が立ち直るまで国内ではずっと大雨が降り続いていた。





「サヤ様、どうか今一度お考え直しを!」

「ご両親もカイ様もいない今、もしサヤ様の御身に何かあれば……」

「覇堂家の為、何より死んでいったご家族の為にも馬鹿な真似はおやめください!」


ある日彼女――覇堂サヤの前に大勢の郎党がひれ伏し、懇願する。

彼らは皆身を粉にして覇堂家に尽くしてきた者達であり、そして実力こそ両親やカイに遠く及ばないものの退魔士でもある。
だからこそ、魔獣と戦うという事の危険性を知っているし、心からサヤの身を案じての発言なのだと彼女は理解している。

しかし、彼女の決意は揺らぐことは無かった。


「死んでいった両親や兄様の遺志を汲めばこそ、私は魔獣を殲滅するために旅立とうと思うのです」



「ならばせめて私どもをお供に!」

「私も!一人では無茶でございます!」

「たとえ力及ばずとも、せめてこの身を盾にでもせねば、先代やカイ様に会わせる顔がありません!」


彼らの必死の嘆願にサヤは首を横に振って返事をした。

「あなた達には私の帰る場所を守っていて欲しいのです。そして覇堂家の当主として命じます。二度と自分の命を粗末にするような発言・行動はしないように」


一時、沈黙がその場を支配する。


「……それではサヤ様、せめてこれをお持ちください」


彼が差し出した袋には力の宝珠と傷薬にエナジーケア、キュアポイズンやキュアシールといった薬品類、そして携帯食・着替え・アメニティグッズの類が入っていた。

「皆さんのお気遣い、感謝します」

「長年覇堂家に仕えてきた我々です。こうなる可能性も予期してはいました」

「サヤ様、どうかお気をつけて」





この日、愛用の修練者のグローブをはめて彼女は旅立った。

皆には言わなかったが、サヤの懐には覇堂家に古来より伝わる進化の核が入っていた。

何故その様な貴重な品を持ち出したのかは彼女自身にもわからない。
もしかすると一族の魂がこのコアを通して自分を守ってくれるかも、というお守りのような感覚だったのかもしれない。




対魔戦争時に道路、線路、港、空港のいずれも甚大な被害を受けた。
特にひどいのが空で、噂では世界の9割の航空機が破壊されたなどという噂が立つほどであった。

他の交通機関も燃料などが貴重になったため、時には法外な運賃を請求するケースもあるという。

その為、サヤの移動手段は専ら徒歩であった。



魔の扉が閉じた事で鎮静化したとはいえ、人里を離れればそこはもう魔獣達の縄張りであり、幾度となく襲撃を受けた。
両親や兄のような手練れの超越者であれば、夜営をするという選択肢もあるだろうが、まだそこまでの領域には達していないサヤは一夜を過ごせる町か村を探す事となった。






そのような生活を続けていたサヤはある日、とある村へ辿り着いた。






「クローバーヒルの村へよく来たね」

赤いポニーテールの少女が告げた名前の通り、この村は丘の上にある。

「あの、あなたは?」

「ああ、ごめんごめん。あたしはアスカって言うんだ。これでも退魔士の端くれだよ」

「私は覇堂サヤと申します」

「覇堂っていうと、あの名門の?」

「はい」


話ながら歩いていると、壊れかけの住居が何軒も目に付いた。

「春になると一面のシロツメクサが咲いて中々の景色なんだけどね。対魔戦争でかなりの被害を受けて、人口が半分以下になったよ」

「この村にいる退魔士はあなただけだったんですか?」

対魔戦争時、防衛のため協会から各地へ退魔士が派遣されたはずだった。

「……退魔士協会も人手不足なんだろうさ。こんな辺鄙な村にまで手が回らないんだろ」

「そうでしたか。ところで、この村に泊まれる宿とかはありませんか?」

「あるよ。ついてきな」

促されるままについていくと、他とは打って変わって無事な建物が視界に入った。

「ここが宿屋ラッキークローバー。この村にあってほとんど被害を受けていない幸運な建物の1つだよ」

少々古い建物のようだが、確かに目に見えて壊れた部分は無く、泊まる事は出来そうだ。






カウンターにいる老人がにっこりとほほ笑んで出迎えた。

「おじいさん、お客さんだよ」

「いらっしゃい。あまり良いおもてなしは出来ないけれど、1泊10マネーでどうかね?」

「あたしがもう290出すから、もう少し良いサービスをしてよ」

「いけません!その様な事をしていただくわけには……」


なおサヤの所持金だが、皮肉にも魔獣の襲撃を受け続けた結果、覇堂神社を出た時の何十倍もの額になっていた。



「いいって、あたしは魔獣を倒せば金が入るんだから」

「アスカちゃん、ワシとしても、そういうのは……」

「久々のお客さんなんだから、さ。それにお孫さんが病気で金が要るだろ?遠慮しないで」

「ほっほっほ、アスカちゃんは気風がいいのう。そんじゃお嬢さんには精一杯奮発させてもらうよ」

「では、お言葉に甘えて……」

「ただ後でちょっと手合わせをしてくれないかい?夕食にはまだ早いだろ?」

「そう言う事でしたら。部屋を見た後でよろしければ、お相手いたしますよ」

「決まりだね。じゃ、あたしは外で準備運動してるから」



老人に案内された2階の部屋の扉には銀の間という札がかかっていた。
この宿は老人の祖父が建てたもので、各部屋には金や鉄、真鍮といった金属にちなんだ名前が付けられているらしい。

部屋の中は広くはないが綺麗に清掃されており、洗面所や風呂、トイレも備え付けられていた。
しかし洗面所には歯ブラシやコップは置かれていなかったし、タオルなども無かった。

「これが鍵じゃ。スペアは無いから、無くさんでくれよ」

一通り部屋を見終え、荷物を置き、『内側から』施錠すると、窓から飛び降りた。


「結構、大胆な事するね」

「超越者ですから」

「んじゃ、お手柔らかに頼むよ」




拳術を使うサヤとは対照的に、アスカは蹴りを主体とする超越者であった。
炎のイクシアも扱うそうだが、周辺への被害を考慮し、超常イクシアは互いに使用禁止とした。



「後、一歩だったんですけどね……」

勝負は僅差でアスカの勝ちに終わった。

「でも、あんた才能あるよ。いい戦いに恵まれればきっとあたしなんか……ううん。もしかすると世界でも指折りの退魔士になるかもしれないよ」

「そうですか?ところでアスカさんはどうしてこの村に?」

「あたしは流れ者でね。家のしきたりだとかが嫌になって飛び出して、まあいろいろあった末にこの村に居ついたってわけ」

ふと家の方針で修行や戦いばかりさせられてきた幼少の頃の事が脳裏をよぎった。

(こんな所でも私とは正反対なんですね……)




その後もアスカと歓談し、夕食の時間が来たのでラッキークローバーへ戻った。




「ご注文の和定食じゃよ」

1階の食堂で、そうして老人が差し出した盆の上には白飯にゴボウの味噌汁、アジの塩焼き。
そして水が乗っていた。

今まで訪れた土地であれば300マネー出せばもう少し良いものにありつけたはずだった。

「……ご期待に沿えなくて済まんのう」

「いえ、そんな事は」

「水道や電気なんかのライフラインは無事じゃったんじゃが、いかんせん物流の方がのう……ここでは魚や肉はかなり貴重なんじゃよ」

「歯ブラシやタオルが見当たらなかったのも……」

「対魔戦争以降、客足もさっぱりでのう。とても金が足りんわい」




価格の割には質素な夕食を済ませ、部屋に備え付けられた風呂へ入る。

シャンプーとボディソープはあったので、身体と頭を洗うこと自体は出来た。



入浴を済ませ、退魔士としての訓練を受けた彼女の耳が下からの物音を聞きつけた。


誰かが激しく咳き込む音、そしてバタバタと走る音であった。





「どうかしたんですか!?」

「おお、起こしてすまんのう。孫が見ての通りでのう。処方された薬は切らしてしまったし、どうしたものかと途方に暮れておったんじゃよ」


サヤの視線の先ではベッドに横たわる10歳くらいの男の子が苦しそうに咳をしていた。

「少し待っててください!」



少ししてサヤは自室から1つの瓶を持って戻ってきた。

「落ち着いてこれを飲んでください」


彼は渡された瓶の中身を少しずつ飲んでいった。
しかし、一滴残らず飲み干しても



「キュアオールでも治らないなんて……」

「キュアオール!!?そんな高価な物を!!?」

「気にしないでください。それよりこの病気は一体……?」

「話せば長くなるんじゃが……」




老人の話によればこの村では1月ほど前から奇病が蔓延しているとの事だ。


「これに罹った者は激しい咳に苦しみ続け、既に死者も数名出ているんじゃ」

「さっき、処方された薬がどうとか言ってましたが、この村のお医者さんに貰ったんですか?」

「いや、3月ほど前からこの村に来てくれとる人達がいてのう。その人たちの中におる元医者だという人が調合してくれたんじゃ」

「元医者……」

「そう言えば明日はあの人たちが物資を運んで下さる日じゃったな。よかったら挨拶していきなされ」











「ああ、セイヤさんたちの事だね」


翌朝、サヤは早速アスカに老人から聞いた話をした。


「他の街から食料や薬なんかを運んでくれるし、付近の魔獣討伐を手伝ってくれたりもする有り難い人達だよ」

「魔獣討伐……その人たちは超越者なんですか?」

「超越者はセイヤさんだけだね。他の人達は銃や火炎放射器でそれを援護するって感じかな。あ、ほら来た」



眼鏡をかけた金髪の優男を先頭とする一団がやって来た。

様々な荷を積んだ10ほどのリヤカーを引く者、銃や火炎放射器を抱えているものなど違いはあれどメンバーは全員屈強な男であった。


「さあ皆。荷物を配っておくれ」

金髪男の号令で男たちがリヤカーから荷物を下ろし、集まった村人たちに配っていく。
村人の中には手を合わせて拝んでからそれらを受け取る者もいた。


しかし、サヤはどこか彼の顔が仮面をかぶっているような、そんな印象を受けた。








「セイヤさん!」

「やあアスカちゃん、今日も手伝いに来てくれたんだね。君は見ない顔だね」

「……退魔士のサヤと言います」

会釈しながら挨拶をする。

「そうかそうか。ここはいい村だろう?」

「ええ。あなたも退魔士なんですか?」

「いや、僕はただのボランティアの超越者さ。賛同してくれる仲間と共にこうやって辺境の村の手助けをしてるんだよ。元医者の経験を生かして病気の治療なんかもするよ」

「……私もお手伝いしていいですか?」

「大歓迎だよ。じゃあ、これを頼もうかな」


そう言ってセイヤは大き目のクーラーボックスを渡した。

中を覗くと肉や魚が入っていた。

同じようなボックスは他に3つほどしか確認されなかった。
やはり肉や魚はあまりないようだ。










「彼らは普段は村にいないんですか?」

荷物を配り終えたサヤがアスカに問う。

「いや、皆村はずれの無人だった教会に住んでいるんだ。で、たまに他所の街から物資を運んで来てくれるってわけさ。あたしも何度か護衛に参加したことがあるよ」

「……例の病気の事、もう少し詳しく聞かせてもらっても良いですか?」

「それなら患者たちに直接聞くといいよ。案内するよ」






1月ほど前に最初の患者が現れ、その後セイヤが治療を始めるもその甲斐なく患者が増え続けたこと。


セイヤが診察する際、一時的に患者以外をその場から退出させること。


セイヤから処方された薬を使用すると一時的にだが病状が落ち着くこと。


これらが患者やその家族(遺族)から得られた情報であった。




「アスカさん、この村で他に何か変わった事はありませんでしたか?特にセイヤさん達に関係する事で」

「何?セイヤさん達を疑ってるの?」

「念のためです」

「そんな訳……あ!」

「どうかしましたか?」

「あの人たちは教会にいるって言ったけど、いつも2人ずつ5組のペアで1組が入口の見張りに立って、残りの4組が周辺のパトロールをしてるんだ」

「どうしてそのような事を?」

「あたしもそう思って聞いてみたら『奇病の特効薬の研究をしていて部外者を入れたくないから』って言われたよ。サヤ?」







その夜、サヤはアスカと共に教会へと赴いた。

村はずれにある教会には30分ほどの時間を要した。
入り口には確かに武器を持った見張りが2人立っていた。



「なんだって森に隠れながら……」

「アスカさんはここで待っていてください」

そう言ってサヤは茂みから出て見張りに近づいていった。

「悪いがここは立ち入り禁止だ。村へ帰って……」



男達が近づいた瞬間、サヤの拳が彼らの鳩尾にめり込んでいた。



「ちょ、ちょっとサヤ!!?」

「責任は私がとります。ですがもし私の考えが間違っていなければ……」

「なければ?」


夢の中を彷徨う2人を尻目にサヤは扉を開ける。


「侵入者か!!」

中にいた10人ほどが一斉に銃を撃って来た。
だがサヤはそれらを避けながら一人ずつ得意の拳術で倒していった。


「おのれ……ぐおっ!!」

最後の一人の後頭部にアスカの蹴りが決まっていた。


「いきなり撃ってくるなんてね……サヤの考え、合ってるような気がしてきたよ」

「この教会のどこかに何か秘密がある筈です。探してみましょう」


その秘密は存外早く見つかった。
聖卓の下の床の音の響きが他と異なっていたので、拳を突き出すと、地下からの明かりが暗い教会内を照らし出した。



教会の地下は研究施設のように改造されていた。


「いつの間にこんな……」

「サイヤさん……いいえ、セイヤを探しましょう」


とは言え、この施設はさほど広くはなく目的の部屋はすぐに見つかった。



「おやおや、こんな所まで入り込んでくるとは悪い子達だ」


白衣に身を包んだセイヤがそこにいた。
だがその顔は昼に見せた誠実そうな顔ではなく、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた醜悪な物であった。


「この村の病気の原因はあなたなんですね?」


彼はサヤの問いには答えず、近くの台に置かれた大き目の瓶に入った赤い石のような物を1つ取り出した。


「こいつはデッドコア……一応は新種の進化の核さ」

「デッド……コア?」

「基本的には進化の核と同じさ。適合者に使えば超越者になる。しかし、こいつは性能こそ折り紙付きだが使った人間が1時間も経たずに死んでしまうという欠陥品なのさ」

彼はそこで言葉を切り、眼鏡をかけなおす。

「僕はこいつをどうにか出来ないかと思ったんだが研究している内に、改良次第で非適合者の人間をも超越者に出来る可能性が出てきたんだよ!!」

まるで芝居の1シーンのように両腕を斜め下に伸ばして大声で叫ぶ。

「それで、この村で研究をする事にしたんですか」

「その通り。まずは『エサやり』や外敵退治で村人の信用を得る所から始めたのさ。秘密裏に研究設備を整える時間も必要だったしね」

「エサ……やり……だと?」

セイヤの物言いに、アスカの顔が怒気に染まる。

「いろいろ作ってこの街の非適合者の連中で試してみたけど、いくつ使用しても病気になるばかりでちっとも成果を出さなかったのさ」

「強いて言うなら病状を一時的に抑える鎮静剤が作り出せたってだけだね」

「それが処方していた薬の正体ですか」

「まあそのお陰でより一層信用を得、モルモットの延命をする事も出来たけどね」

怒りで言葉もないアスカが目に入っていないかのように、彼は嬉しそうに続けた。

「こいつを完成させれば非適合者の人間達で超越者の兵を……いや究極の捨て駒、鉄砲玉を量産出来るという訳さ!他人の言いなりになる馬鹿なんていくらでもいるからねえ」

「死んだ人とそうでない人がいるのは?」

「そんな事は僕も知らないさ。何せ実験データがまだまだ少なくてね……この村でもう少し実験を続けたらどこか別の辺鄙な場所をラボにする計画だったのさ」



「……てめえ、それでも人間か!!?」



アスカの怒声が地下研究所に響き渡った。

「人間だよ。人類の医学なんて人体実験の積み重ねなんだし、僕はそれに忠実なだけだよ」

「……ふざけやがって!!」

怒りが頂点に達したアスカが笑う悪魔に突貫し、蹴りを見舞った。


しかしその蹴りは片腕で止められてしまった。


「あーあー、そんなに見苦しく怒っちゃって、可愛い顔が台無しだよ!」


そしてそのまま接近を試みたサヤに向けて投げ飛ばした。


「秘密を知られた以上は、ただでは帰さないよ。超越者だから実験材料(モルモット)には使えないが、部下の性処理道具にでもして有効活用してあげるよ」


嘲笑うセイヤの右手から一本の氷の槍が生み出され、サヤたちの下へまっすぐに飛来した。

それをすんでのところで避け、アスカは炎のイクシアを、サヤは接近して灯篭を繰り出す。


「無駄なんだよぉ!」

「ああっ!!」


しかし炎は大したダメージを与えられず、サヤは腹を思い切り蹴られてアスカの方へ飛んで行った。

そこへセイヤの右手から放たれた追撃の無数の氷の槍が飛来し、2人の体に手酷い痛手を与えていった。



「ぐ……ああああぁっ!!」

その一本が、アスカの右足を貫いていた。

「その足じゃあ、得意の蹴りはもう出せないよね?」

「くっ……」


サヤは歯噛みした。
これでは1回ヒールをかけても戦えるほどには回復しないだろう。
複数回かけようにも敵がそれを許す筈が無いのは明白だった。

と言って、今のを見る限り1対1では勝ち目は薄そうだった。


ふとサヤの目にある物が入った。

(賭けですが、やるしかありませんね)

サヤは痛みにあえぐアスカにそっと耳打ちをする。


「……わかった。命預けるよ、サヤ!」



「まだ抵抗する気かい?」

嘲笑の笑みを浮かべるセイヤを無視して2人は手を掲げた。




「風刃!」

「フレイム!」


風の刃と炎が同時に飛んだ。
セイヤに同時に炸裂した事で2つのイクシアは通常の数倍の威力を発揮した。


「うおおおっ!?……なーんてね!!」


しかし、その炎も彼にはさほど痛手にはならなかったようだ。


「こんな浅知恵に負けるような僕じゃ……ん?」



セイヤの視界から少女が一人消えていた。



「フッ……甘いんだよ!」



そう言って背後から突き出されたサヤの左拳をこともなげに掴んでみせる。
しかし、油断したのかその身を捩じるように繰り出された彼女の右腕を防ぐ事は叶わなかった。


「なんだい、これで攻撃してるつもりかい?」

「勝負は最後まで分かりませんよ?」


突如、赤い光が彼の胸のあたりから発せられた。


「なんだこれは!?」

「超越者にデッドコアを使えば……どうなるんでしょうかね?」

「ま、まさか……」

「ええ。あなたご自慢のデッドコア、そこの瓶からいくつか拝借させてもらいました」


冷や汗を流すセイヤとは対照的に、サヤは不敵な笑みを浮かべた。


「な、なんて事を!?あれを超越者に使用したりしたら体内でエネルギーの暴走が起こって……しかもふくす……」



言い終える前にセイヤの全身が急激に膨らみはじめた。
その様は2人に風船に際限なく空気を入れている様を想起させ……



「……どう見てもヤバそうだ」

「ですね」


阿鼻叫喚となったセイヤの顔を殴り飛ばしてサヤはアスカを抱えて研究所から逃走した。



2人が教会から出るのと大爆発が起きるのはほぼ同時であった。

その為二人そろって背後からの爆風を受け、地面を転がる羽目になる。

振り返ると教会のあった場所には巨大なクレーターが出来ていた。



「間一髪でしたね……」

「これならデッドコアとやらも全部粉々に吹っ飛んだろう」

「ですね」











「ご報告します。今しがたクローバーヒル方面の兵から、原因不明の大爆発でラボが消滅したとの連絡が」

「セイヤと研究データはどうなりましたか?」

「残念ながら、セイヤ様も爆発に巻き込まれ死亡されたと思われ、研究データの回収も絶望的かと」

「ご苦労。下がりなさい」

「はっ!」

部下が退室し、一人になった部屋で彼女はふぅ、とため息を吐く。



「人工進化の核の副産物……いえ、失敗作のデッドコアの有効活用……中々に興味深い研究テーマでしたがね……」

「研究と言えば、オグマの方はどうなったのかしら?」

その言葉と同時に突如開いた闇の穴から金の瞳と髪を持つ女性が出現した。

「まあ、今はもう少し長い目で見てみましょう。このまま進まないようならば考え直さなければなりませんが……」












クローバーヒルの村に新しい朝が訪れた。


「もう行くのかい?」

「ええ」


大爆発を聞きつけてきた村人たちに2人は真実を告げた。
村に貢献してきたセイヤが奇病の原因だとはにわかには信じられなかった村人たちも、かつて村を守り、信頼関係を築いてきたアスカの真摯な訴えに一人、また一人と耳を傾けたのであった。


教会の爆発でセイヤの部下達も吹き飛び、外にいた残党もどこかへ逃げ出したらしい。
患者の病気が治ったわけではないが、元凶のセイヤ達がいなくなったことでこの村で病人が増える事はもうないだろう。



「これからどうするんです?」

「退魔士協会に治療法がないか聞いてみようと思う」

「村はどうするのですか?」

「みんなと相談したんだけど、近くの街へ一時的に避難しようと思う。病人はみんなで力を合わせて連れて行くって事で」

「そうですか」

「不在の間に魔獣に建物を壊されたとしても、住人が生きてさえいれば復興できるっておじいさんが言ったのが決め手になってね」

「月並みな事じゃがの」


そこにはあの宿屋の主人が憑き物が落ちたような顔で立っていた。





「機会があったらまた会おうよ」

「はい」







朝日が輝く中、二人の退魔士は正反対の方向へと歩き出した。





白銀の髪の少女の旅はまだ続く。