ゆきの工房・ノベルのイクシア・EXシリーズ:ルナ外伝

ノベルのイクシア
EXシリーズ
ルナ外伝
掲載日:2019/09/29
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
「救援ですか」


ルミナスタウンの退魔士協会1階にて女性職員から受け取った書類を見て呟いた。



「はい。魔獣の襲撃を受けてこの町にいた退魔士が敗死し、救援部隊を派遣する事になったのですが、その為には……」

「誰かが先に行って、現地の情報を集める必要がある……そういうわけですね」

「はい。ルナさんならば現地の負傷者の治療も出来ますし、実力的にもお一人でも大丈夫だとの判断で……」

「わかりました。早速向かいます」







ゴツゴツした岩ばかりの荒れ地を私は一人で歩いていた。


「あれが目的の町ね。姉さんがいれば……って目印をつけてないからダメか」


白銀世界からサヤさんが戻って以降、私の家で暮らしている姉さんは今出掛けている。
もっと正確に言うなら、最近ずっと家を空けている。



「一体何の用なのかしら?」





その時ふと足下に微かな振動を感じ、剣を抜く。

それから程無くして前方の地面を食い破るようにしてピンク色のミミズが5匹。姿を現した。
地上に出ている部分だけでも10Mはあるだろうか。



「大筒ミミズか」



私のつぶやきに呼応するかのように敵の頭部が膨らみ始めた。



「来るっ……!!」



5つの頭から同時に自動車くらいの岩が吐き出された。
『大筒』の名の由来となった、体内に蓄えた土砂や岩石を砲弾として撃ち出す攻撃だ。



だが今の私からすれば、その弾速は遅く感じられるほどだ。
右へ飛んで簡単に避けて見せる。


5つの砲弾は何も無い地面に着弾し、砕け散る。



一撃で仕留められなかったのが気に食わなかったのか、ミミズ達はバラバラのタイミングで岩を吐き出してきた。




私は跳躍して、飛んで来た一番近くの砲弾を足場に次の岩へ飛び移る。

そうしてジグザグの軌道を宙に描きながらミミズの一体に接近し、斜めに剣を振るう。

ワンテンポ遅れて、外皮と同じピンク色の飛沫を飛び散らせながら真っ二つに切り裂かれる。
その飛沫を避けがてら私は2体目のミミズに斬りかかる。

大筒ミミズの弱点は2つ。
防御力がほとんどない事、そして遠距離攻撃に特化している分懐に飛び込まれるとほぼ無防備な事だ。


結局最初のミミズを斬り捨ててから、30秒と経たずに5匹のミミズは沈黙した。


「新手もいないみたいね」


そう言って剣を納め、町へと歩き出した。







「よくお越しくださいました」

町へ入ると初老の男性が出迎えてくれた。

「御門ルナです。負傷者のいる所へ案内してほしいのですが」

「わかりました。それにしてもこのオペラグラスで拝見しておりましたが、いやはや見事な戦いぶりでしたな」

「いえ、大筒ミミズは戦い慣れた相手でしたから」

「ほう、と言いますと?」

「昔師匠に『遠距離攻撃を得意とする相手との特訓だ』ってよく戦わされたんですよ」


相手は一匹だったとはいえ、まかり間違えれば10歳で挽肉になっていたのだから当時は本当に恐ろしかったものだ。



「あなた様の師匠ですか……きっとお強いのでしょうな」

「本当に強いですよ。ただ……できる限りは関わるべきでないような人物ですけれど」

「そ、そうですか……」









傷病者の隔離施設である壊れた病院では何人もの人間がせわしなく動いていた。
その中の一人の男がルナたちを見つけ、近づいてきた。

「この方はもしかして……」

「そうだ。退魔士協会から派遣されてきた御門ルナさんだ」

「これから治療を行いますので、カルテを渡していただけないでしょうか?」

「わかりました。すぐ手配します」




怪我人にはヒールまたはマイティ・ヒールを。
魔獣の毒で苦しんでいる者にはオール・キュアを使い治療にあたった。


長丁場となったので、看護をしていた人間に町の店の倉庫に入っていたエナジーケアを持って来てもらった。



「次が最後の一人……この人は、最上階のホスピスに隔離されていますね」

「はい。私の婚約者なのですが、あまりにも奇妙な症状なので念のために他の患者さんたちと隔離していたのです」

答えたのはこの病院で最初に声をかけてきた男性である。







「ネイ、退魔士協会の人が来たぞ。助かるんだ」



部屋にいたのは右腕に包帯をグルグル巻いた紫髪の女性だった。
彼女はルナの姿を見ると、笑みを浮かべ会釈した。

彼女のカルテには襲撃の日から右腕に黄緑色の奇妙なマメともイボともつかない出来物が出来、それが時を経るごとに根を張るように広がっていき、最初あった出来物も徐々に大きくなっていった、と記されていた。



ネイと呼ばれた女性に軽く会釈をして、彼女の包帯を解いた。









そこにあった『モノ』を見た瞬間、ルナは目を見開いた。


「エクスパラサイト!!」


その言葉を待っていたかのようなタイミングで、右腕のコブのような膨らみが『開き』、そこから出現した真っ赤な目玉がルナを見た。



その瞬間ルナは剣を抜き、右腕目がけ振り下ろした。

しかしネイは驚くべき身のこなしで転がってその剣を回避し、ルナの剣は空のベッドを両断する事になった。

眼前で婚約者に対し突如行われた凶行に、しかし男性は非難の声を上げなかった。










何故なら彼の目は身の毛もよだつような異変に釘付けになっていたのだから。








目玉の周囲から何本もの細い触手が生え、彼女の着衣を破りながら腕や胸に絡みつき、宿主を異形の姿に変えていった。
そして、目玉は右腕から左胸に移動し一回り大きくなり2人をぎょろりと見た。






「い、一体これは……」

「あれはエクスパラサイト。人間に寄生するタイプの魔獣の中でも一番質の悪い部類です」

「寄生する魔獣!!?」

「先日の襲撃の際にとりつかれたんでしょう。そして最悪なのが……どういう原理かは不明ですが、アレに人間が寄生されると超越者と同様の状態に……つまり身体能力が格段に上がり、イクシアも使えるようになるんです」

「それって……」

「先日死んだこの町の退魔士や私と同じ状態になる……という事です」

「ネイは……彼女は助かるんですか?」

「……個人差もありますがあいつに寄生された場合、数日の潜伏期間を経て覚醒の後に各所の神経、脊髄を通して脳を支配されます。さっき右腕を斬れていれば命は助かったのですが……ああなった以上、もう……!!」

「そんな……!!」




男性が嘆きに満ちた声を上げるのと同時に触手による変異が終わった。
顔の半分をはじめ身体の各所が黄緑色の肉に覆われ、シミターのような形状の2つの刃が両腕に作られていた。


「あれは……?」

「エクスパラサイトがもたらす能力は千差万別。そしてそれに適した姿を取る……どうやらあの姿が彼女の能力に適している……と判断したらしいですね」



魔獣が2つの刃で病室の壁を切り裂いて、外へ飛び出した。

「逃がさない!!」

それを追ってルナも飛び出す。

ここは最上階だが、超越者の耐久力ならば飛び降りても問題はない。
何しろ深紅の魔城の屋上から落ちても生きていられたのだから。



「ホーリーブレイズ!!」


右手を魔獣に向け聖なる炎を放つ。
エクスパラサイトは能力は千差万別でも、弱点は火属性で固定されている。


だが敵は胸部の目から風の塊を撃ち出し、聖なる炎を霧散させた。




(風のイクシアか……)





先に魔獣が、一瞬遅れてルナが着地する。

剣を構えて駆けだそうとするが、足に違和感を覚えた。


足下を見ると紫色の粘液がべったりと付着していた。
ルナが着地する寸前に、魔獣が放ったのだ。


(しまった……!!)



ルナが視界を正面に戻すと、数Mほどの竜巻がこちらに向かって来ていた。

その向こうで佇む虚ろな目の女性がニッと笑ったように見えた。





「きゃああああっ!!」



全身を切り刻まれながら空へ飛ばされ、地面に叩きつけられる。



「く……ぅ……」






傷ついた体を必死に動かしてマイティ・ヒールをかけ、即座に後方へ転がる。
ルナの頭があった場所に、黄緑色の刃が突き刺さる。



起き上がった瞬間に顔を狙って飛んで来た風の刃を剣を縦に構える事で防ぎ、そして上から飛び掛かって来た魔獣の2つの剣を自分の得物で受け止める。



攻撃に失敗した魔獣は弾かれるように回転しながら後方へ跳びのいた。




「ホーリーブレイズ!!」


再び聖なる炎を放つが、先ほどと同じように風のイクシアで防がれてしまう。




「はああああっ!!聖葬斬!!」




その際に起きた煙を突き破って、聖なる炎を纏った剣を構えたルナが突進する。


その太刀筋が敵の右脇腹を深々と切り裂いた。
白い火の粉と共に、魔獣の緑と宿主の赤が混ざった血が飛び散った。





ルナは急所の目を狙ったのだが、すんでのところで身体を反らされてしまったのだ。




(師匠に知られたら『なってない』って怒られるわね……)




とは言え弱点の炎属性の一撃は一定の効果はあったらしく、振り返ると魔獣は右腕の刃を地面に突き刺し肩で息をしていた。
右脇腹では白い炎がいまだにくすぶり続けている。あれでは先程までの動きは維持できまい。


やがてこちらに向き直り、両腕の刃を胸の辺りで交差させて構えた。

先程と何ら変わってない筈の胸部の目が、傷を負わせた怒りに燃えているように見えた。








(次で……決める!)









一人と一匹が決着を着けるべくそれぞれに武器を構えて飛び出す。


するとそこへ宿主の婚約者である男性が2人の間に割って入り、魔獣の方を見て両腕を広げた。

一瞬彼女を殺させまいとしたとの印象を受けたが、逆だ。
彼は愛した女性の手にかかって死のうとしているのだ。



(間に合って!!)





祈る思いでルナは足を速めた。







敵の右腕の刃が彼を両断する寸前、ルナの足が刃とは反対の方向へと蹴とばした。
格闘は彼女の専門ではないが、超越者の脚力ならば一般人をどかす程度の威力はある。





右腕が空を切ると、左腕を振り下ろそうとしたが、それは叶わなかった。


何故なら既に左腕は先程の蹴りの直後に振り上げるようにして繰り出された聖葬斬によって宙を舞っていたのだから。



そして三度、今度は至近距離で放たれた聖なる炎が黄緑色の悪魔の全身を包んだ。


魔獣は残った腕を振り回して暴れるが、十字に振りぬかれたとどめの一撃によって仰向けに倒れ、永遠の眠りについた。





「ふうーっ」





思わぬ激戦を終え、息をついていると例の男性が恨めしげに見つめてきた。
大粒の涙を零しながら。



「どうして……死なせてくれなかったんです?俺は……彼女無しでは生きていけなかった……だからせめて彼女の手で……死のうとしたのに……」












「あれはあなたの婚約者などではありません。彼女の身体を乗っ取っただけのただの魔獣です」



ルナはうつむく事も、言いよどむ事もなく男の目を見て言い切った。
ほんの少し前に、全く同じ目をしていた……仲間の事を思い出しながら。









「私には月並みな事しか言えませんが、生きて……下さい……彼女が生きられなかった未来を……」












数日後、ルナの情報を受け取った救援部隊が到着し彼女はルミナスタウンへと帰還した。


















「出来るならもう……あんな目をした人を見たくないな……」




そうごちて自宅のドアノブに手をかけた。



「おかえりなさい」



ドアを開けると、長い金髪の女性……ルナの姉であるリナが出迎えた。



「姉さん、帰ってたの?」

「ついさっきね。まあそれはそれとして……」



そう言ってリナは右の人差し指と中指で封筒を1つ摘まんで見せた。




「カイからの手紙よ。レイジ達も呼ばれたみたい」

「何の用かしら?」

「どうもただ事じゃあ無さそうよ。私の努力が無駄にならなかったともいえるけど」

「どういう意味?」

「すぐにわかるわよ」






この後久々に集まった仲間達と共にこの世界に迫った新たな脅威との戦いになり、姉さんがここ最近何のために出かけていたのか判明するのだけれど……それはまた別のお話。