ゆきの工房・ノベルのイクシア・EXシリーズ:カレン外伝

ノベルのイクシア
EXシリーズ
カレン外伝
掲載日:2019/09/24
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
10の弾丸が1つの的の同じ場所……中央を正確に撃ち抜いた。



「相変わらずカレンの銃の腕はすげーな。10発全部真ん中に当てるなんて」


それを見ていた男性が声を上げる。


「にひひっ、これくらい朝飯前よ。さ、約束通り後で一杯おごりなさいよ」

「あんたの一杯は底抜けだからねぇ~。ま、約束は守るけど」

勝負の相手であり、私の銃のコレクター仲間でもある同僚が呆れ顔でそう返す。


ここは対魔獣組織・シルバーブレットの地下訓練施設。



文字通り魔獣に対抗するために作られた組織である。
対魔戦争後、各国の軍が弱体化したためこのような組織は世界各地で作られている。


「安い所にするから、さ」



その時出入口の自動ドアが開いて、そこから痩せた男が入って来た。

「カレンさん、司令がお呼びですよ」

「この間のテストの事じゃないの?」














「来たか」

最上階の司令室へ入ると、腰まで伸びた艶やかな黒髪の女性が声をかけてきた。


彼女はここの最高責任者である兵頭ツカサ司令。
兵頭家という退魔士の家出身の人だ。


退魔士というのは古来から魔獣と戦って来た人達の事である。
私もここへ来るまで、そんな人達がいたとは思いもしなかったので驚いたっけ。


「美嶋カレン。この間のテストの結果、君の銃のスキルは受験者の中でも抜きん出ていると判断した」

「はい」

「提出した同意書も確認した……これで君は超越者になる資格を得たわけだ」







ここでは本人の同意と優秀な成績があれば、超越者になる事が出来る。
また、ツカサ司令自身も超越者である。


「これが君のために用意した進化の核だ」

そう言って司令は机の上に小箱を置いた。

それを手に取って蓋を開けると中には手のひらサイズの黒い結晶が入っていた。

内部には閉じ込められた稲妻が縦横無尽にせわしなく奔っており、まるで雷雲をそのまま固形にしたような印象を受けた。














司令室の隣にあるイクシアを試し撃ちするためのスペースで、先程と同じように的を撃ち抜いてみせる。
ただし、今度の弾丸はさっきとは別物の光の弾丸だ。


「これが……私の……イクシア」

「そうだ。エネルギーを弾丸にして撃ち出すので、弾切れの心配が無いのが特徴だ」

銃撃のイクシア……私にぴったりね。

「他にも色々なイクシアがあるが……それらはこの書類にまとめておいた。君が戦いを重ね、力を磨き上げて行くことでそれらを……いや、そこに書いてないイクシアさえも習得する日が来るかもしれない」









「早速だが超越者になって初の任務だ、君のイクシアには適任のな。……受けてくれるな?」

「はい!」









1階に向かうと件の同僚に出会った。


「これから任務?」

「そう。超越者になって初めてのね」

「じゃあ、帰って来るまでおごるのはお預けね」

「にひひっ、任務のモチベーションが上がるわ」
















「ゲゲゲェ!!」


巨大な絵筆を洗ったように汚らしく濁った色の池のほとりで、カエルと人の間に生まれたような魔獣が気持ちの悪い鳴き声を上げながら仰向けに倒れる。
その右胸と右腕は綺麗に吹き飛んでいた。


「おっと」


カレンは横っ飛びでその体液を避ける。

彼らが足を置いた場所、さらには飛び散った体液のかかった地面からジュウウという音と共に白煙が立ち上る。
彼らの身体や体液に僅かでも触れればどうなるか、想像して唾を飲む。


(これなら安請け合いするんじゃなかったな~)



とある街の水源にもなっている池を占拠する魔獣……すなわちこのカエル人間達の掃討。
それが今回カレンに言い渡された任務だ。




カエル人間達には赤、青、水色、黄色、緑の5種がおり、いずれも鮮やかな色の表皮に黒い斑点がある。
しかし彼らの共通点は斑点だけではない。

体表には猛毒が分泌されており、体液にも同様の毒が含まれている。
池の濁りの原因はこいつらの体液である。





幸い防御力は無いどころか、一発当てるだけで当たった場所から風船のように弾け飛んでくれるのだが、その度に毒の体液が周辺に飛び散る。

(全く、これじゃ私にお鉢が回ってくるわけね……)

こんな連中と接近戦などできる筈が無い。
銃撃のイクシアが使える自分が選ばれたのは至極当然だと納得せざるを得なかった。

ちなみにシルバーブレットにはツカサを含め数名超越者がいるが、遠距離攻撃に特化しているのは今のところカレン含め数人だけである。




青いカエル人間が2体飛び掛かって来た。

両方の胸の中央辺りに弾丸を食らわせて、地面を転がって体液を避ける。


体液は周囲の同族にもかかっているが、流石に耐性を持っているようで全く効果が無い。

しかも倒しても倒しても次々に池から増援が上がってくるので始末に負えない。



(何よこの拷問みたいな状況)


そんな事を考えている間にも5色の魔獣達がジリジリと距離を詰めてきた。



両手の銃を一度腰のホルスターにしまい、右手に意識を集中させる。

すると手がバチバチと放電を始め、やがてそこから雷の玉が生まれ、それは瞬く間に大きくなっていく。










「放電球!!」

右手からバスケットボールほどの大きさになった電撃の玉を放つ。
それが緑色の個体に直撃し、感電した後黒い煙を上げながらその場に倒れた。

「思った通り。これなら体液が弾けない!」








続けて放った2発目を食らった赤い個体が後方に吹っ飛び、帯電したまま池に落ちた。

その瞬間、池全体に電流が走り、太陽の如く眩しく光った。



電撃と光が収まると1体、また1体とカエル人間と彼らと同じような色をした犬くらいの大きさのオタマジャクシが浮かんで来た。



彼ら自身の皮膚から分泌された毒液のお陰で通電性が向上していたのか?
だとすると、随分皮肉な末路である。




「はあ~」



……と同時に途轍もない徒労感を感じ、それは大きなため息となって体外へ排出される。
最初から放電球を池に放っていれば、もっと早くケリをつける事が出来たのだから無理からぬ話だ。




地上に出ていたカエル人間10体ほどの息の根を止めて任務は完了した。


恐らくあの電流で水中にあったであろう卵も全滅したろうが、ダメ押しで3発放電球を池に放り込んでおいた。

任務の様子はシルバーブレットから支給された超小型カメラを通じて本部に送信されている。
各人が報告書を書く手間を省くための処置である。

……何らかの要因でカメラが故障した場合はやはり書く事になるのだが。




「これでやっと帰れるわね」




















非常警報と無数の銃声が鳴り響く中、一人、また一人とシルバーブレットの人間が血祭りにあげられていった。






「これでも食らえっ!!」

剣を持ち、黒いマントを纏った赤い髪の男に強烈な火炎が浴びせられた。



「ふん」

だが男は氷のイクシアで火炎ごと術者を凍結させ、粉々に砕く。

「総帥の命令で出向いてみれば、こんな他愛もない連中ばかりとは……拍子抜けもいい所だ」

ため息交じりにそう言ったその時、右側から悲鳴が上がった。







赤髪の男がそちらを見ると、サーベルを持った黒い髪の女が彼の部下数名を瞬時に切り伏せたところだった。




「強い相手がお望みなら、私の部下達が世話になった礼に私が遊んでやろう」

「少しは骨のありそうなのが出てきたな……お前らは手を出すなよ。こいつとはサシでやる」

「はっ!」


一方は笑みを浮かべながら、もう一方は静かな怒りを湛えて剣を構える。




互いに駆け出し、数号打ち合う。




「やるな……」

「貴様こそ」




互いが弾かれたように後方へ跳んで下がると同時に、男が氷の槍を放つ。

ツカサは着地するまでに接近した3本を剣で弾き、着地するや残りを円を描くように走って避ける。



そして一足飛びに男に肉薄する。
2つの剣が激突し、火花を散らせながら、床を滑る。


滑りが止まった瞬間に、ツカサは男の腹に膝蹴りを決めた。


「ごはっ!!」



男は吹っ飛ばされ、壁に激突する。


「あいにく、使えるのが剣だけといった覚えはない」

「この女……!!」




男が剣から離した左手からアイススプラッシュが繰り出される。


ツカサが横に飛びのくとその延長線上にいた敵兵が漏れなく氷漬けとなる。



「俺の攻撃を味方の援護に使うとは、ふざけた真似を!!」


逃走先に男が剣を上段に構えて飛び掛かり、重力も加えて振り下ろす。




激しい金属音が響いた。



「せいやああっ!!」



ツカサが振り上げた一撃で相手の剣を弾き飛ばした。


すかさず返す刀で斬ろうとする。




その瞬間、男が右手から激しい光を発した。



「くぁ……」

その光に目が眩み、太刀筋がほんの少しだけ本来の軌道を逸れた。



その『少し』で、勝負は決まった。































シルバーブレットへ帰還したカレンを迎えたのは、友人の笑顔でも上司の労いでもなかった。



凍り付いた床や壁



無数の斬撃や銃撃の跡



おびただしい血痕



そして見知った仲間達の遺体






「なに……これ……?」






おもむろに一歩踏み出した右足が、何か丸いものに触れた。


「……!!!」


それは任務から帰ったら一杯おごってくれるはずだった友人の首だった。
光を宿さぬ2つの瞳がカレンの目と合った。







「う……うぅ……」





微かな呻き声がした。

彼女の腹部は氷の槍が貫いており、背中には無数の切り傷があった。

傍らには折れた愛用のサーベルと、彼女のシンボルで『あった』切られた黒髪が転がっていた。





「司令!しっかりしてください!!」



抱き起こすと、前面も背面同様に滅多斬りにされており、右目も切り潰されていた。


医学に明るくないカレンの目にも、もう手の施しようがないのは明らかだった。



「エミ……ニオン……の……セキト……!!」



それが、彼女の遺言であった。




「司令……司令っ!!」


何度も激しく揺さぶるが、ツカサの身体が動く事は無かった。




「う…………ぁ…………あぁ…………」



その後、カレン以外、生きている者のいない建物に彼女の慟哭が響いた。













涙も涸れ果てる程に泣き続けた彼女はあてもなく彷徨い歩いた。

正直、どこをどう歩いたのか……その記憶さえもなく、気付いたら見知らぬ部屋のベッドの上に横たわっていた。



「ここ、どこ?」



そう呟くのと同時にドアが開き、スーツにサングラスの男が2つのカップを乗せたトレイを持って入って来た。



「お、気が付いたか」

「……誰?」

「ま、とりあえずコーヒーでも飲みな。悪いが砂糖とミルクは自分で入れてくれ」



















それから時は流れ……





蓮部探偵事務所の自室で今やシルバーブレットの唯一の形見となったベレー帽を胸に抱きしめる。

仇であるセキトは倒したが、恩人の婚約者の仇であり、全ての元凶となった存在が残っている限り戦いは終わらない。



当初はあの時もっと早く帰ってくればと呪った事もあったが、今はあれでよかったと心から思える。
お陰で『彼ら』と出会う事が出来、古巣の仲間たちの仇を討てたのだから。



「みんな……クウヤ……行って来るね」


志を同じくする新しい仲間達と共に、最後の決戦に臨むべく彼女はベレー帽を被り、ドアを開けた。