ゆきの工房・ノベルのイクシア・EXシリーズ:ある街の物語

ノベルのイクシア
EXシリーズ
ある街の物語
掲載日:2019/10/23
著者:黄金のラグナデーモン108世 様
「はあああああっ!!」



健康的な美脚が空を切るといくつもの風の刃が生まれ、回転しながら魔獣に殺到した。
ネズミを直立二足歩行にしたような魔獣達がズタズタに切り刻まれ、絶命する。


殺戮の主であるスパッツを履いたやや小柄な少女はそれを見届けるや真上に跳躍し、宙がえりをしつつ背後から飛んで来た大きなハゲタカの頭にかかと落としを決める。
断末魔を上げる事も許されなかった魔獣が無様に落ちるのを尻目に、彼女はネコのごとく華麗に着地する。


この日の晴れ渡った空に溶け込むような色の髪がふわりとたなびいた。






そこからさほど離れていない場所で陽光のごとく黄金に煌めく髪の女性が先端が二股に分かれた彼女の髪と同じ輝きを放つ槍を振るう。
その一撃で、2体の黒い翼竜が真っ二つに切り裂かれた。


竜の類は物理攻撃に強い傾向があるが、光や闇に弱いという性質も併せ持っているのだ。


そして飛び降りざまに槍先でゴリラに似た魔獣の頭頂部を貫いた。
魔獣が地響きを伴なって仰向けに倒れると、砂ぼこりと共に金色の髪と透けるほど薄い衣が舞い上がる。

彼女は即座に槍を魔獣から引き抜き、次の相手を目で探す。




別のゴリラを見つけるも、そいつは既にスパッツの少女がその素早さで翻弄している。
彼女の風のイクシアで既に手傷を折っており、倒されるのも時間の問題だろう。


それ以外では小物の魔獣が5体ほど。
劣勢を悟ってか、後ずさりをしている。




彼女が弱腰になった連中へ飛び掛かろうとした瞬間、辺りに耳障りな音が響き渡った。




するとゴリラ魔獣の目がギラギラと赤く輝きだし、天を仰いで咆哮を上げつつドラミングを始めた。


少女が思わず立ちすくんでいると、先程より格段に速い動きで魔獣が飛び掛かって来た。



「わっ!とっ!」


追い込んでいたはずが、瞬時に立場が逆転し、ゴリラの敏速さに追い込まれる事になる。

今にも繰り出される豪腕に捕まり、全身の骨を砕かれそうだ。




音の方を見ると、そこでは大人の牛くらいの大きさの黄土色のコオロギがいた。
音はそいつが羽を擦って出していたものであった。



「くっ……」




歯噛みしながらも、ゴリラに接近しその右肩に槍を突き立てる。
しかし、先程は容易く貫けたゴリラの皮膚が硬質化していて、浅く傷つけるだけにとどまった。

コオロギの音色が変わるとその傷を含めた外傷が徐々に塞がれていった。


音の主へ飛び掛かろうとすると、さっきまで腰が引けていた連中が殺気を漲らせて飛び掛かって来た。



槍を構えると同時に猛火が魔獣達を包み込み、瞬時に炭化した。





「遅くなってごめんなさい」


そこには白いシルクハットを被り、青のレオタードを着用した2人の女性が立っていた。
片方はブラウンのロングヘア、もう片方は同じ色のショートヘアである。


「遅れた分は働くから」


ショートカットの方がステッキを振るい、巨大な火球を出す。
火球は真っすぐに飛んでコオロギに被弾し、その体をすっぽりと火で包む。


金髪の女性が火を消そうと見苦しくもがくコオロギへ槍を投げる。
見事に頭を貫いて、魔獣の息の根を完全に止める。





「ちょっと!こっちを何とかしてほしいんですけど!!」

スパッツの少女が声を張り上げる。
確かに速やかに何とかした方がよさそうな状況であった。



「任せて!」



ロングヘアのシルクハットの女性がステッキを振ると、突如ゴリラの真上の虚空に岩石が出現し、その頭を強かに打ち据える。
ゴリラは脳震盪を起こし、態勢を崩す。



「イッツ、マジック」


ウインクしながらポーズを決める。




「でやあああぁっ!!!」



今までのお返しとばかりにスパッツの少女が顎の下から蹴り上げる。


ゴリラは先程同様、天を仰ぎ口を大きく開ける格好となる。


そこへ金髪の女性が跳躍し、口に槍を突き入れ、喉の奥を強引に抉った。
ひとしきり抉ると、獲物を手放して敵から離れる。



その瞬間、槍に強烈な雷が炸裂した。



雷撃は槍を通じて魔獣の全身へと広がり、きな臭い匂いがあたりに漂った。



最後の魔獣は先程の同族同様地響きと砂煙を立てて仰向けに倒れ込み、そのままピクリとも動かなくなった。



建物の中や陰からわらわらと人々が登場し、間も無く拍手が巻き起こった。



「はーい皆さんありがとう!!今夜のステージにもぜひ来てねー」



シルクハットの2人が群衆に呼び掛ける。
最後の雷はショートカットの方が放ったものである。


「全く、あそこで援護コオロギが出てこなければもっと早くカタがついたんだけどなぁ」


とため息交じりにぼやくスパッツの少女。

それにコクリと無言でうなずく金髪の女性。


援護コオロギ。

自身の戦闘能力はさほど高くないものの、他の魔獣の能力を高めたり、傷を治す音波のイクシアを使う魔獣である。
羽をすり合わせて発動するこのイクシアで他の魔獣達に取り入り、彼らの仕留めた獲物のおこぼれを貰う事で共生するという習性を持つ。

余談だが、真っ赤な体で強烈な火炎イクシアを使用する焔魔(えんま)コオロギという別種も存在する。








対魔戦争と呼ばれるこの惨劇の時代になって以降、こうした戦いが街中で起こるのは珍しい事ではなかった。



ここエスポワールシティはそれなりに大きな街であるため、腕利きの退魔士達が街の防衛に当たっている。

もっとも、現在退魔士協会で計画されている魔の扉閉鎖作戦に選抜されるような精鋭達と比べると一枚落ちるが。














その夜、街のとあるバー。


多くの男性客で賑わっているその店のステージに2人の美女が現れる。


昼の戦いでも活躍したシルクハットの女性の二人、白瀬マナ・マヨ姉妹である。


その登場に店中が歓声に沸き立つ中、2人は挨拶代わりとばかりに何も無い筈の胸の谷間からステッキをすっ、と出して見せる。



「今日も冴えてるなぁ」



30代前半ぐらいの男性が誰に聞かせるでもなく呟く。


聞いた話では彼女達姉妹は対魔戦争が始まるまではマジシャンとして生計を立てていたらしい。
現在も非番の時はこうしてマジックを披露して、人々を楽しませているという訳だ。


時々街の子供たちにも簡単なマジックを無料で披露しているのだが、そちらの評判も上々である。




「やっぱいいよなー。マナちゃんもマヨちゃんも」


やや離れた席から若者達の声が響いた。




「あのグラマーな身体がたまらねえぜ」

「グラマーさなら、金谷リオも負けてないぞ」

「しかも無口なのがそそるんだよな」

「あの身体にスケスケの衣装ってのもいいよな!」

「あれ退魔士の着る特別な服なのかな?それとも趣味?」

「俺は美澄ソラちゃん推しだよ」

「ほう」

「そりゃ胸は多少劣るけど、俺はあれぐらいが好みだ。それによ、一度あの足で踏まれてみたいんだよ」

「お前は本当に変態だな」

「まあ確かにあのスパッツから除く脚は眼福だよな」




「俺が言うのもなんだけど、本人がいる場でよくあんな話するなぁ……」




会話の内容は下品としか言いようがないが、彼も一人の男性として彼女達に全く興味が無いと言えば嘘になる。
現にこうして白瀬姉妹のショーを見にこの店に来ているのだから。



「ま、俺らには高嶺の花だよな」



と彼はこぼしつつグラスを傾け、ウイスキーをちびちびと飲み下す。



ステージではシルクハットを2人がステッキでトントンと叩いた瞬間、色とりどりの蝶が飛び出し場を大いに盛り上げていた。



「よ」



彼の座っているテーブルへ一人の男がやってくる。
街の教会で働いている彼の友人で、今夜ここで飲む約束をしていた。



「なんか街を守るヒーローつうか、アイドルみたいな扱いだよな」


推しの退魔士談義で盛り上がる若者たちを指しながら彼は言った。


「確かに」


一応この街には男の退魔士達もいるにはいるのだが、大抵街の男連中の口から出るのは彼女達の話題だ。
ちなみに女性陣が男の退魔士の話題を口にするかどうかは定かではない。



「俺が言うのもなんだけど、もう少し敬意を持って話せないかね。こうして酒を飲めるのは彼女達のお陰なのに」


「ああまったくだ。彼女達を含めた退魔士の方々がいる限りこの町は安泰だよ」


友人はウエイターが持って来た注文のリキュールのグラスを手に取り、中身を一気に飲み干す。



「……相変わらずよく飲むなぁ」


「酒でも女でも、生きてる内に楽しまなきゃな」


「そんな事を言える俺達は幸運だよな」


「全くだ。退魔士の皆さんに、乾杯っと」


「空じゃないか。おかわりを入れてもらってからにしろ」


その後彼はトランプのマジックの時に指名され、目のやり場に困るわ、席に戻るや友人にからかわれるわ、周りの男性客から嫉妬と羨望の眼差しを浴びるわで結構散々(?)な一夜となった。









それから1週間ほど過ぎたある日



彼は街の一角に退魔士達が集まっているのを見つけた。
気になって近づき尋ねてみると


「どうも嫌な予感がしてね。こうして皆で集まったの」



とソラが答える。




なんとも漠然とした話だが、彼女達のことだ。
ただ事ではないのだろう。




とその時、辺りに霧が立ち込め始めた。
空はこんなに晴れているのに、と疑問に思う間にも霧はどんどん深く、濃くなっていった。








さながら白い闇とでも表現すべき景色。








彼は長らくこの街に住んでいるがこんな事は初めてだった。





「なんなのこれ……」



ソラが身構えながら呟くと、そこへ闇の塊のようなものが高速で飛来した。



そして反応する隙さえ与えられずに彼女はミンチへと姿を変えた。



「は?」


目の前で起きたありうべからざる光景に脳の理解が追い付かなかった。



今日まで数多の魔獣を退け、この街を護ってきた熟練の退魔士。
街の男達の憧れの星。




それがたったの一撃で無残な最期を遂げたのだ。



「あ……あ……」


彼が狼狽の声を上げる傍らで、一人の男性退魔士が非常用の信号弾を撃ち上げた。



それから間もなく、街中に鐘の音が鳴り響いた。
一度に街の住民全員に脅威を知らせる合図だ。




「おい……なんなんだよあれ……!!?」




退魔士の一人が指さす先で、白い闇に巨大な影が浮かび上がった。

それは人でないのは当然だが、魔獣であるかどうかさえも疑わしかった。




何故ならその場の全員がこれまで見たどの魔獣よりも大きかったのだから。



果敢にイクシアを放とうとした退魔士が同じように闇の塊に撃たれミンチにされた。









「あ……ひ……」


その光景を見たリオが沈黙を破って槍を取り落とし、その場にへたり込んだ。
彼が知る限り常に無表情だった彼女の顔は今や絶望と恐怖に染まり、ボロボロと涙をこぼしていた。

それは彼女の生涯でも初めての経験であった。


霧の中から現れた白く巨大な手がそんな彼女を無残に叩き潰し、大地に真っ赤な墓標を刻んだ。






「何……何なのこれ……」


「いや……いやぁ……助けて……誰か助けてよぉ……」



恐怖のあまり正常な思考能力を奪われ、自分達の使命さえも忘れて互いに抱き合う白瀬姉妹。
両の目から涙を流し、全身は生まれたての小鹿のごとくガクガクと震えている。

しかし、その姿を笑う事も責める事も人間には不可能であろう。






あらゆる心をへし折り絶望させる、根源的な恐怖。









どんな悪夢も生温く感じるような名状しがたい存在。












『アレ』を目にすれば誰もがそう思う筈だ。





















その時巨大な水滴が多数降り注いだ。


その一発を受けただけで姉妹も他の退魔士達も悲鳴を上げる間さえなくどろどろに溶けてしまった。


彼は幸運にも直撃こそ避けたが、飛沫のほんの小さな一滴が彼の左腕にかかり、たちどころに腕を一つ失う事となった。





「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」



その壮絶な痛みで押さえつけていたものが一気に弾け、彼は絶叫しながら駆けだした。













何処をどう走ったのか覚えていない。

気付くと彼はどこかの民家にいた。



「あ……ぐぅ……!!」





辺りは恐ろしく静かだった。
その不気味なほどの静けさが彼に冷静さをもたらした。







他の人々は逃げたのか、それとも……







そんな事を考えつつも、痛みを堪えながら部屋の片隅に置かれた机に向かう。



限られた時間で出来る事をする為に。



残された右腕でそこに置かれたペンを取り、同じくそこにあった本に最後の力を振り絞り必死に書き記した。



























もう私はだめだ……







この身体ではもう長くはもたない……







自分でも分かる……じきに息絶えてしまうだろう。







それにしても、あれは魔獣なのか……







……いや、もっと禍々しい存在だった……







もしこれを見る人がいたら、伝えておきたい……













アレに近づいてはならない……アレは……災厄そのものだ……